「結婚式のメンバー」 カーソン・マッカラーズ   渥美昭夫訳
フランキーが十二歳の、緑にむせかえるような狂った夏のことだった。フランキーはもうながいこと、どこのメンバーにも属していなかった。クラブにも入っていなかったし、世界中のどこの会員でもなかった。フランキーは仲間はずれになり、いつも戸口をうろうろしては不安を感じていた。

カーソン・マッカラーズ「結婚式のメンバー(『夏の黄昏』に邦題変更)」の冒頭文。作者の自伝的要素が強いと言われている本作は思春期直前の少女のメランコリックな心象風景を描いた傑作です。
ちょっぴり偏屈者の少女フランキーは12歳。母親は自分を産んで死に、男やもめの父親は町で時計屋を経営。兄のジャーヴィスは陸軍の伍長としてアラスカに赴任中。彼女といつも一緒にいるのは、黒人女中のベレニースと6歳児の従兄弟、ジョン・ヘンリ。
ほんとは幼いジョン・ヘンリに飽き飽きしているのだけれど、親友のイーヴリン・オーウェンがフロリダに引っ越してしまい、クラブでパーティーをしている女の子たちのグループに入れてもらえなかったので、彼女は毎日、家の台所で過ごすようになっていました。温室のように暑い、長く緩慢な夏の日の午後、ベレニースとジョン・ヘンリと。

フランキーは自分の名前をF・ジャスミンに変えたいと思っている。
フランキーは自分の身長が女の子にしては伸び過ぎてしまったことにがっかりしている。
フランキーはこの町には何ひとつ希望がないような気がして、どこかの世界へ行きたいと思っている。
フランキーは戦争のことを考えたり、冬には雪が降る地方のことを思ったり、頻繁に空想に浸っている。

要するに、孤立した女の子のモヤモヤした感情を綴っているだけの話なのだけれど、金縁のメガネをかけ、他に見たことがないほど大きな膝のジョン・ヘンリ(奇形児と言うこと?)や4番目の夫に片目をえぐり出され、青い義眼を入れているベレニース、ジョン・ヘンリが奇態な子どもの絵をいっぱい落書きして、精神病院みたいになってしまった台所の壁など、グロテスクで歪んだ書き方を好んでするのが、マッカラーズの持ち味のようです。
そして、この小説の舞台となっているアメリカ南部地方特有の"狂ったような"、"ジャングルのような"夏の暑さが読む者に閉塞感を与え、自分がとうに忘れてしまったはずの嫌な想い出とか古傷なんかを蘇らせてくれたりするのです。

しかし、兄がお嫁さんを連れて帰省し、その1週間後にウインター・ヒルで結婚式を挙げることになったと知ると、フランキーはジャーヴィスとジャニスと一緒に自分も遠いところへ行ってやる、という決意を抱きます。
なんで兄夫婦が妹を仲間に入れてくれると思い込んだのかは理解しづらいところですが、とにかく彼らの結婚はフランキーがこの町を離れ、新しい人生を始めるきっかけになると確信して、結婚式のことで頭がいっぱいになってしまうのです。
「私、結婚式が終っても、ここには戻らない。」
ベレニースは驚き呆れ、「こんな馬鹿な話は聞いたことがない」と少女を諌めます。口は悪いけど、気は優しく、フランキーの母親代わりのベレニース。
しかし、聞く耳を持たないフランキーは結婚式に行く日の前日、上等なオーガンディーのドレスを着て、街中を歩き廻ります。
退屈きわまりない、見慣れた町も、その日に限って輝かしく別世界のように見える。フランキーは有頂天になっていたので、街で出会う人に結婚式のことや自分の計画のことを話さずにいられない。
こうして書くと、ちょっとイッちゃってる女の子の話としか思えないんですが、この本を初めて読んだ、当時大学生の私はそんなに変な話とは思いませんでした。
自分が何者なのかわからないとか、別の人間になりたいとか、そんなカオスな気持ちをこんな風に書ける作者は天才的だと思ったし、何よりも自分は、最初の数行でこの小説に惚れてしまったのです。
薄暗くなった台所でベレニースがフランキーを膝に乗せて抱きしめ、それに嫉妬したジョン・ヘンリがベレニースの背中に抱きつく、という場面が一見奇妙なようでいて、ちょっと胸に迫るものがあります。
「自由になりたい」と言うフランキーに対してベレニースの「私たちは皆、なにかに捕まって、殻の中に閉じこめられているんだよ。わたしはベレニースに生まれついたし、おまえさんはフランキーに生まれついたし、ジョン・ヘンリはジョン・ヘンリとして生まれついたんだよ。そして自分は黒人に生まれついたために、おまえさんたちより余分に柵が張り巡らされている中で生きている」という台詞がとても印象的でした。

フランキーはブルームーンというお店で赤毛の兵隊に話しかけます。結婚式の話を聞いてもらいたくて彼に声をかけただけなのに、彼女は自分とこの兵隊との間に特別な視線を取り交わしたような感じを覚えます。青年の刺すような視線、ドレスの襟元の形をちらっと眺める様子に何か不安なものを感じつつも12歳の無邪気な少女は夜に会う約束を取りつけてしまう。ひょっとして彼は自分を実際よりも年上に見ているのではないか?ベレニースに話したいけれど、言わないほうがいいような類の何かを直感しつつ、約束の場所に向かうフランキー...。

実は、この「結婚式のメンバー」は映画化されているのです。
原作まるごとと言うのではなく、映画自体は独立したものになっていますが、日本でも有名なフランス映画『なまいきシャルロット』のネタ元らしいです。
『なまいき〜』を途中からしか見たことがないのですが、「なんかどっかで聞いたことある話なんだよな〜」と感じていました。
小説の中のフランキーは「この夏、彼女は背がのびて、まるで奇形の大女みたいだった。肩幅はせまく、脚が長すぎた。男もののシャツを着て、半ズボンをはき、足ははだしだった。...」と描写されていますが、これってシャルロット・ゲンズブールが劇中で演じていた人物を彷彿とさせませんか?
映画の中の少女は結婚式に過剰な関心を抱いたりしませんが、音楽家の女の子と出会って、彼女の付き人になれば人生が開かれる、という希望を持ちます。年上の男性に襲われそうになる場面もありますし。
エキセントリックでドロドロした原作が、フレンチ・ロリータ映画の名作に生まれ変わってしまったのはある意味カルチャー・ショック。
最後に、ジョン・ヘンリ坊やは脳膜炎に罹って死んでしまうのですよ。ベレニースは5回目の結婚が決まりそうになり、フランキーは新しい親友が見つかって、元気を取り戻します。
いかにもマッカラーズ的不条理な終り方。だけど、Life goes on!と言うことなのでしょうか。

Carson McCulles(1919〜1967)
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アメリカ最南部ジョージャ州コロンバス生まれ。
父は宝石時計商を営む中産階級の家庭で育ち、幼い頃から文筆とピアノを得意としていた。17歳の時、ジュリアード音楽院(!)に入学するつもりでニューヨークに渡ったが、学資金を地下鉄でなくしてしまい、音楽の道を断念。コロンビア大学の聴講生として学び、後に作家として歩んで行くことになる。
幼児にリューマチ熱を患い、成人してからも心臓病の発作に見舞われたり、指の関節が麻痺するなど、順風満帆な人生とは言えなかった。しかし、文学の才能は見事に開花し、発表作がヒットして、名声をあげて行く。
1937年秋、ジェイムズ・リーヴズ・マッカラーズという名の陸軍伍長と結婚。その後離婚するが復縁、そしてまた離婚、結婚を繰り返す。結婚生活が破綻する原因は同じ文学者をめざす彼が妻の名声は鰻登りなのに対し、無名な存在の自分に耐えられなくなってしまうから。
しかし、その奇妙な夫婦関係も夫の服毒自殺で終止符を打つ。
マリリン・モンロー、テネシー・ウィリアムズなど演劇界、文学界の有名人との華やかな交流やバイセクシュアル者だったりなど、波乱万丈な人生を送っている。

エドガー・アラン・ポーやフォークナー、トールマン・カポーティ、テネシー・ウィリアムズなどアメリカ南部は独特の作風を持った文学者が数多く輩出されているが、マッカラーズはその中でほとんど真っ先に名前があがるような存在らしい。
彼女のほとんどの作品には必ずと言っていいほど奇形や同性愛者が登場し、不毛な愛に苦しむ姿が描かれている。
破滅的な愛を描かせたら、右に出るものはおらず、その才能はまさに嫉妬すべき!
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by marikzio | 2006-07-24 23:39 | Book | Comments(2)
Commented by Rimbeau at 2006-07-25 20:20 x
このレビュー見て、読んでみたいと思ったのですが
(「なまいきシャルロット」の元になってたというのもあり。。。)
どうやら絶版のようですね・・・。
図書館で探してみようかと思います。

それにしてもマッカラーズさんの生涯って波乱に満ちすぎ!

ところで「なまいきシャルロット」でシャルロットがつけてた
香水の名前。。。実はブルームーンって言うんですよ!
Commented by marikzio at 2006-07-26 19:45
私も図書館で借りて読みました。
ネットのどこかで、本作品を復刊させようと署名?みたいなことをしているページを見かけましたが。
弘前市立図書館で検索したら「マッカラーズ短編集」もあったので、また借りようと思います。

原作のヒロインは「スィート・セレナーデ」という香水を愛用していました。
ブルームーンもスィート・セレナーデも場末感漂ってていいですね。(笑)
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