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『ワンルームエンジェル』 はらだ

「ワンルームエンジェル」2019年

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主人公は「趣味なし」「友人なし」「恋人なし」「生きる価値なし」の30代男、幸紀。
コンビニの夜勤バイトをしながら、古くて汚いワンルームに住んでいる、まさに社会の底辺を地でいくような毎日。ある日、強面で無愛想な態度で接客していた彼はチンピラ風の2人組の客に絡まれ、店の外で決闘することに。
実は幸紀の唯一の取り柄が喧嘩が強いこと。粋がってるチンピラ2人を造作もなくコテンパンにやっつけていたところを不意にナイフで腹部を刺されてしまうのです。
「これはやばい」と思った瞬間、彼の前に不思議な光景が。天使がお迎えに来たのか?
「俺、死ぬのかな?まぁ、いいか。クソみたいな人生、ここらへんが潮時だ」

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しかし結局彼は助かり、1ヶ月弱で退院。すっかり回復したのは良かったものの、治療費も払わなければならなくなり、その上、バイトはクビになっていました。
「あの天使、いっそのこと連れて行ってくれたら良かったのに」
古くて汚いワンルームの自宅に戻ると、なんとそこにはあの天使の姿が。
「遅いじゃないですか。待ちくたびれましたよ」
この少年天使、どうして幸紀が刺された現場に舞い降りたのか、何の為に彼の前にいたのか、全く思い出せないのでした。そして自分が何者であるのかも記憶が全くなく、羽がありながら空も飛べない。そんな寄る辺ない状態の為に仕方なく幸紀の所に来るしかなかったというわけなのです。
天使はとても繊細で近くにいる人の感情をモロに受けてしまう。それが正の感情であれば羽が生気に溢れ、負の感情であれば羽が抜けてボロボロになってしまいます。近くにいる人の精神状態が健やかであれば、弱っている羽も回復し飛び立って行けるかも知れない。天使君の羽が飛べるようになるまで、ここに居させて欲しいというわけで、やさぐれた30男と少年天使の奇妙な同居生活が始まるのです。

天使が羽の健康を取り戻すには、心身ともに安定した人の近くにいなくてはならないのですが、幸紀はそういう人物とは程遠い。実は元半グレで犯罪的な人物とも関わっていました。しかも、その犯罪組織に弟の友紀をも巻き込んでしまい、弟はその組織に連れ去られヤクザになってしまいました。自分はその世界から遠のいたものの、そのせいで収入がなくなり、人相と雰囲気が悪いせいで次の仕事にもありつけない。
こんな俺と一緒にいない方がいいのではないか?
しかし、天使君にとっては幸紀と一緒にいるのは不思議と居心地が良いのです。街を歩いているとあらゆる人々の不満や怒り、恐れなどの波動が流れ込んで来てその渦に飲まれそうになる。幸紀の隣にいるとそれが静かになる。「あなたの心の均衡はそこそこ保たれていますよ。そこまでネガティブな方へひっぱられる感じはしません」
天使が自分の所へやって来たことで、特に恩恵があるわけでもなく、食費が増えただけ。しかも相変わらず仕事は見つからない。でも、この天使は自分が欲していた言葉をくれる。自己肯定感が壊滅的に低く自分に価値を見出せなかった幸紀ですが、天使は「この僕に居場所を提供している、と言う事実に誇りを持って生きてください。それだけで価値があります」と言ってくれる。やはり彼は紛れもなく天使なのだ。

自分が何者なのか知る術もなかった天使ですが、幸紀にスマホを買ってもらい、色々検索しているうちに、ある書き込みに突き当たります。これは自分の事なのではないか?そして、自分の姿は幸紀にしか見えていない、ということにも気づくのです。
悲しい現実を受け止め、思い切り楽しい時間を過ごすことにした2人。全てが吹っ切れた天使の顔に笑顔が増えていきます。天使が楽しそうにしていると、幸紀は複雑な思いになります。それはお別れの時期が近づいているのを意味しているから。そして心が満たされた天使が幸紀のもとを立ち去る日が遂にやって来ました。満面の笑みを幸紀の心に焼き付けて。
天使が居なくなってからというもの、幸紀は気力を失い、廃人のようになって無為な日々を過ごしていました。あれは幻だったのか?
ある日、母親が幸紀のもとにやって来て部屋を片付けていると、一枚の綺麗な羽が部屋の片隅にあるのを見つけます。それを見て号泣する幸紀。 
「満たされたのは俺だ。天使の存在で俺が満たされたからあいつは飛ぶことが出来たんだ」

本作は作者が初期に書き下ろした短編「止まり木」のセルフリメイク作品。(はらだ先生の初の単行本である短編集『変愛』2014年に収録)
パッとしない元チンピラ男が喧嘩中にお腹を刺され、そこに現れる天使。天使は男の携帯を使って救急車を呼び、男は一命を取り留めます。羽を怪我して飛ぶことが出来ない天使は羽の治療法として、「人間の生の感情、楽しい、気持ちが良いなどの気持ちが羽の治療に効きます。正の感情を出してください」と頼むのですが、その男のは「俺はクズで楽しいことなんかねえ。しかし、唯一気持ちが良いと正の感情を感じるものあるわ」と、目の前の天使を◯◯してしまうのです。この前身作は男と天使が恋愛関係になりますが、「ワンルームエンジェル」にはBL的絡みは出て来ません。オリジナルにはない主人公の背景や天使が背負う出来事などストーリーに広がりと深みが加わり出色の逸品として仕上がっています。笑いもあり、人生に疲れた男と天使にあるまじき発言も飛び出す少年の掛け合いもまた巧み。
BL的描写が無いぶん、一般作品としても受け入れられやすいと思います。

「ワンルームエンジェル」単行本書き下ろし部分に天使と幸紀が目出たく再会を果たす場面が描かれます。しかし、それが何を意味するか、ということでまた切ない気持ちにもなりますね。
心が痛む場面もありましたが、色々と感慨深いお話でした。

by marikzio | 2021-06-04 18:49 | Bande dessinee | Comments(0)

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