グエル邸
実は、カサ・バトリョよりも、カサ・ミラよりも、ガウディ建築の中でここが一番心打たれました。
バルセロナ随一の目抜き通りランブラスを海側に向かって進み、リセウ劇場を過ぎてから、やや小さな通りを入ったところにある、Palau Gell 。
ガウディの生涯最大のスポンサーであるエウゼビ・グエイ氏の為に作られた豪奢なお屋敷です。1890年に建設され、1906年にグエル氏がグエル公園内の住居に引っ越すまで、ここで生活しました。モダン・キュビズムを全面に打ち出した奇抜なカサ・バトリョとカサ・ミラと同じ設計者とは思えないほど、パラウ・グエルは別物。アルハンブラ宮殿をモデルにした、と言うそうで、灰色の大理石をたくさん使った古典的で優雅な佇まいの中に、大広間に黄金色の礼拝堂をしかけるなど、その重厚な美しさと宗教的な気高さに圧倒されます。これは、ガウディ初期の傑作。初期でこんなとんでもないモノを創ってたんですね。

重厚な構えのエントランスから入ると、目の前にはこのように階段が。ここもオーディオガイド付きなので、見学者達はまたもや携帯片手のキャリアウーマン風。実はこの下は地下になっていて、そこも見学できました。馬を休ませておく目的のために作られて、床が汚れても綺麗に洗い流せるように工夫もされていたそうです。

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2階に上がってもまだ階段。
皆さん、「もう、忙しくて忙しすぎて、やってらんないわぁ~」的風情。
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もし、知り合ったばかりのお友達に「うちに来ない?」なんてお呼ばれして、こんな家だったりしたら、たまげてしまいますなぁ。グエルさん家はお子さんが9人いたそうですから、羨望の的であったことでしょう。

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階段を上ったところに、これまた豪華絢爛なスペースがあり、サロンへと続く入り口となっております。この窓!このランプ!!贅を尽くしてるのに下品にならないのは全体的に落ち着いた暗めの色調でまとめられてるせいでしょうか?

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と、思ったらこの大広間はキンキラキンですよ~!
果てしなく高い吹き抜け天井と黄金の礼拝堂。この金色の小部屋は普段は扉を閉めておき、ミサをする時に開かれていました。そ、それにしても、おうちミサって、どうなん!?
家族も大家族だったし、使用人もたくさんいたでしょうから、ニーズに沿っていたかも知れませんね。

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大広間から一家の住居スペースへと続く階段。
一見、我々がイメージするガウディ建築とかけ離れた印象を与えるグエル邸ですが、細かい装飾やオブジェ、天井の色などを見るとかなり個性的。ガウディ色を見ることができます。
私の写真がいまいちなんですが、ガウディが建築したお屋敷や施設はどこを切り取ってもアートになるんです。

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自宅にパイプオルガン...。
専属のオルガン奏者もいたのでしょうか?

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お約束の屋上アート。
ガウディはこんなところにも手を抜かない建築家でしたが、この下の屋根裏部屋スペースにも様々な工夫が施されていました。
屋根裏部屋は使用人のための住居でしたが、彼らの生活音がグエル一家住居スペースに届いて邪魔になることがないよう設計されていたそうです。例え召し使いでも、こんなお屋敷で生活出来たなんて羨ましい?

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バルセロナ生まれのエウゼビ・グエイ(1846-1918)は大資産家であり、政治家としても活動。ガウディと親交を結び、彼の生涯最大のスポンサーでもありました。裕福な環境のもとに生まれたエウゼビは、バルセロナ、フランス、イギリスで法学、経済学、応用化学を学び、実業家として、その手腕を発揮。また、1875年にはバルセロナ市議員に選出、1878年には州議会議員、そしてスペイン上院議員となりました。また、彼はカタルーニャの文化後援者としても積極的で、サン・ジョルディ王立美術アカデミー会員となり、カタルーニャ愛国者の団体セントル・カタラーの総裁となり、そんな流れでガウディと出会い親密になって行ったのかも知れません。
文化的なものに非常に感心・理解が深い人物であり、彼の子供達も高い教育を受けて育ちました。後にアルフォンソ13世によりグエイ伯の称号が与えられ、現在グエイ家の子孫はコミャリス候の称号を名乗っています。一ブルジョワから貴族の仲間入りを果たしたグエル家、ほんとに凄い家系ですね~。

アントニ・ガウディがエウゼビ・グエイ氏と運命の出会いを果たしたのは若干26歳の時。グエイ氏と仕事をしたことがきっかけに、バルセロナの富豪達からオファーが入り、ガウディ作品群の一部は世界遺産登録され、現在もバルセロナで生き続け、この街の象徴にもなっていますね。
彼は非常に敬虔なクリスチャンであり、多くの宗教施設に携わり、まだ建設中の大作サグラダ・ファミリアはその神髄とも言えるでしょう。それ以外の建築物にしても非常に画期的であるうえに理にかなっていて、現代建築にも通用する構造、また美術的・芸術的にも類を見ない完成度の高さなど、まさに神業。しかし、生涯独身だったそうです。もぉ、名門で金持ちのスポンサーが何人もいながら、何で周りが世話してやらなかったんかー!?と思うのですが、女性恐怖症だった、という説も。彼の生涯は信仰と建築に捧げられたのですね。所謂、芸術家肌で浮き世離れしていたのかも知れません。
しかし、これだけの功績を残していながら、路面電車に轢かれ、その3日後に息を引き取る、という壮絶な最期を迎えています。享年73歳。ミサへ向かう途中での事故であり、晩年はあまり身なりに気を使わなった為、浮浪者と間違われて対応が遅れたと言われています...。


それでも、後世に名を残し、今も作品群が世界的遺産として生き続けているというのは素晴らしい。彼の精神性の高さの賜ですね。今後も世を照らし、道に迷う人々を導いて行ってくれるでしょう。
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by marikzio | 2012-08-20 10:39 | 絶賛☆Barcelona | Comments(0)
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