-Black Swan- by Darren Aronofsky
2011年 05月 26日
ハイビジョンの液晶テレビ&ブルーレイレコーダーを購入したことも理由の1つになるかも知れませんね。何しろ、録りためた映画等がすぐにHDDいっぱいになってしまうので、暇さえあれば、それを消化するのに必死という感じです。そういうわけで、いつの間にか劇場から足が遠のいていたわけですが、そんな中、「どーしても、これは観たいっ!」という作品がありまして、公開初日の昨日、しかも仕事帰りにシネコンへ走りました。タイミングを外したら、結局ズルズル先延ばしにして、上映期間が終わってしまうと思いましたので。
監督 ダレン・アロノフスキー
出演 ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル、ミラ・クニス
名作『レオン』の少女役から17年。心が壊れていく孤独なプリマドンナという難役に挑み、ついにオスカー女優の地位を手にしたポートマン。ダンサー役があまりにもハマり過ぎてて、ヒロインはポートマン自身そのものではないかと錯覚してしまうほどのリアリティに鳥肌たちました。
主人公ニナ(ナタリー・ポートマン)は、ニューヨーク・シティ・バレエ・カンパニーに所属して4年目を迎えるダンサー。元バレリーナである母の厳格な監視のもと、バレエ一筋に生きてきた優等生タイプのニナは気品と才能に溢れ、プリマドンナとしての力量は充分。しかし、そんな彼女にも欠けているものがありました。
劇場に向かういつもの朝、ニナはメトロの中で、ある女性の後ろ姿に目をとめます。どこか自分に似たような背格好の彼女にニナは自分と重ね合わせてしまいますが、それでいて、向こうは自分とは決定的に違う雰囲気を持っている。影の部分を象徴しているような、もう一人の隠れた裏の自分が姿を見せたかのような奇妙な錯覚。ニナはその女性が気になってしかたありませんでしたが、女性は雑踏の中に消えてしまう。しかし、すぐに、その謎の女性が現実の存在としてニナの前に立ちはだかることになるのです。
芸術監督のトーマス(ヴァンサン・カッセル)は、かつては花形であったが、今や下り坂にさしかかりつつあるベス(ウィノナ・ライダー)を降板させ、新しいシリーズの『白鳥の湖』公演を決定。新しいキャストを迎えての新生『白鳥の湖』はこれまでとは劇的に異なる野心作であり、大胆な解釈と構想でより難解でスキャンダラスな作品になると宣言。
長年の憧れで心から尊敬していたベスの降板は残念ですが、新シリーズの『白鳥の湖』で是非ともクィーン役を勝ち取りたい、とニナは望みます。しかし、思わぬところで彼女の前に立ちはだかる壁。
オーディションの席でトーマスはニナに向かって言う。「白鳥だけなら、迷わず採用なんだが」。
新シリーズ『白鳥の湖』の画期的なところは何と言っても"ブラックスワン"の存在。無垢で善良な白鳥の影の部分に潜む、したたかで邪悪な性質を持つブラックスワン。その妖艶さ、危うさが出現し、白鳥の存在を覆してしまうのが見所になっており、出演者はジキルとハイドのように二極性を持つヒロインを演じ分けなければならないのです。
ニナにはブラックスワンの部分が決定的に欠けていました。幼い頃から母親の過剰な監視のもと、何の疑問もなくストイックにバレエの世界を極めてきたニナ。お行儀の良い、天使のような白鳥なら天下一品ですが、悩ましく官能的で人を翻弄するブラックスワンをどう踊ったらいいのかわからない。
楽団にはニナほど優雅に踊れるダンサーはいませんが、奔放さ、大胆さ、色気で、ニナよりブラックスワンに近いライバルはいる。しかし、これまでのバレリーナ人生を賭けてークィーン役は絶対に誰にもとられたくない。その為なら、色仕掛けでトーマスに取り入ることも辞さない、とばかりに濃い化粧をして、トーマスの部屋に乗り込むニナ。かつての自分なら、そんな事はあり得なかったのに。
また、最近のニナは自分の中で度々現れる現象に悩んでいました。何か自分の中にうごめく怪物がいて、時々、自分の皮膚を突き破って出てこようとしているかのような違和感。血まみれの手にぎょっとして、指の皮を剥がすのに躍起となっている自分がいる。
めでたく、クィーン役を勝ち取り、本格的なレッスンが始まると、その傾向はますます、はっきり顕著になっていき、ニナは次第に現実と妄想の境目を見失って行くのですが、いろんな意味で八方塞がりになっていた彼女は誰にも打ち明けることなく、暗い孤独のトンネルをひたすら突き進むのです。
ヨーロッパ随一の美女、モニカ・ベルッチ旦那で知られる(失礼?)、ヴァンサン・カッセル。久々にお姿を拝見しましたが、最初の印象で「老けたな~」。時の流れを感じました。ポートマン演じるニナに対するセクハラ的発言&態度もなかなか板についてました。まぁ、この場合、セクハラとか芸術世界の裏側、言うより、ウブなヒロインが芸域を広げるためには必要な試練、って解釈もできますねぇ。色恋沙汰があった方が演技にも艶が出ますから。劇中でヒロインは冷感症女呼ばわりされてますし、監督者として、ヒロインの才能を開花させてやるためにも、そこも面倒みてやらにゃ、みたいな。うわ、なんか、自分でこれ書いてて嫌になってきた。
そして、自分とは正反対のタイプのダンサー仲間とお遊びに行く、というニナの健気っぷり。ミラ・クニス演じるニナのライバルはかなり蓮っ葉キャラでナンパして来た男の子とハッパやったり、およそバレリーナとはほど遠いイメージ。そこの場面でニナがいかに俗世間から外れた生き方をして来たかが浮き彫りになるのですが、ニナはバレリーナである私から抜け出すことができない。バレエは彼女の人生そのものだけど、男の子達にとって、バレエは自分の一生に縁があるかないか、程度のもの。そんな温度差の狭間みたいなところをクニス演じる女の子は実に巧みに泳いでいて、技量の点ではニナに及ばないながらも、古典的なバレリーナのイメージを覆すような奔放さ、ワイルドさ、自由さがあって、これは遅かれ早かれ自分の存在をおびやかすことになると、ニナは確信します。
もっとも、素のポートマンがどういう人かは知る由もありません。ニナと違って友達が多いかも知れないし、品行方正のイメージとは違い、かなり恋多き女性らしいので、どちらかというとブラックスワン寄りかも知れない。とにかく、バレリーナ役というのが、ほんとにポートマンの雰囲気にマッチし過ぎて、この役の為に女優業を続けて来たのではないか、と思うほどでした。
役者本人の人生に役が重なる、と言えば、「更年期障害ダンサー」呼ばわりされていたベス役を演じたウィノナ・ライダー。あまりの没落っぷり、そのやさぐれ加減がリアル過ぎて痛々しかったです。顔をフォークか何かで刺しまくるホラーな場面も強烈でしたね。かつての透明感ある、清潔なお色気はどこへ?世界中の女性が恋するジョニー・デップの彼女として輝いていた時期もあったのに。この怪演を機に是非とも『屋敷女』のベアトリス・ダル路線で大復活を遂げてもらいたいところです。
腕に黒い翼が生えるシーン。ここは圧巻でした。
心と体がボロボロになりながらも、最後には見事大役をやりこなし、人々の拍手喝采を浴びるニナ。ついにダンサーとして一つの頂点に立つこの場面、体重を9キロも落とし、毎日8時間もバレエのレッスンをこなし、途中、映画制作が暗礁に乗り上げたりもしながらも、女優魂の炎を燃やし続け、ついにオスカー女優の座に昇りつめたポートマン自身とやはり被ってしまいます。
まさにニナはポートマン、ポートマンはニナ、なのです。