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モスクで「ハマム、シルブプレ!」
私がパリで体験したいと思いつつなかなか出来なかったものの一つに『ハマム体験』があります。
"hammām"(はんまーむ)とは中東圏式のスチームサウナのこと。吹き抜けになったアーチ型の天井、幾何学模様の壁、大理石が敷かれた大部屋の中で湯気が濛々と立ちこめている中で横たわるアラブ系美女。日本人には「トルコ風呂」といった方が馴染みがいいかも知れませんね。パリには、そのイスラム式公衆浴場がいくつか存在し、誰でも利用することが出来るのです。
私がガイドブック『パリノルール』で確認しているパリのハマムはマレ地区にある高級サロンとカルチェ・ラタンにあるモスクの中にある庶民的なハマムの2カ所。最初は自分のホテルに近いマダムヤ〜ン♪なサロンにしようと思ってましたが、曜日や時間帯によってレディス、メンズが決まっており、自分が行こうと思った日の夜は都合が悪かったので、カルチェ・ラタンのモスクまで足を運ぶことにしました。

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パリ最大のイスラム会館はこんな感じ。白亜の壁と独特のドームが美しい建物。ちなみに写真は自分が撮影したものではありません。
画像元はウィキペディアの Mosquée de Paris より。
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モスク会館に入ると目の前にはこんな麗しい回廊が。
私が行った時は日没後だったので、回廊がライトアップされていて更に綺麗でした。写真を撮りたかったのだけど、神聖な場所だけに自粛しました。
「ハマムはどこなんだろう?」
モスクの中に入ったものの、それらしき看板や扉もなく、回廊を行き交うのはいかにも中近東風な髭の濃い男性やイスラム女性の伝統的なブルカ姿のおばさんばかり。どうやら、お祈りの時間が始まるらしく続々とアラブ風(でもジーンズ姿の若者も多数)な人々がホールに集まって来て、あちこちに陣取っています。
立ち上がり、膝をついて座り、最後に床に額をつけてひれ伏す、という一連の動作をすでに始めている人がいて、あの独特の節回しの声が大音響で鳴り出し、明らかに「さあ、ハマムで一汗流すか」という雰囲気ではありません。
その中で挙動不審の私は見るからに異教徒。「でもモスクはここのはずだしハマムは何処なんだろう?」
「君はなんだ?」モスクの「案内所」とでも言いましょうか、高速道路の料金支払所みたいなボックスに入った強面のおじさんにとうとう声をかけられてしまいました。でも、悪いことをしてるわけでもないので、ひるまず「I want to take a hammam!」とだけ答えました。
「ハマムかい?それなら、ここを出てずっと左だ」
どうやら建物を出て、モスクを左回りにぐるっと廻るらしい。そんなふうにやり取りしてると「あらっ!どうしたのっ!!」とばかりに、若くてやかましいイスラム男性が私に絡んできました。
「お嬢さん、どうしたのどうしたのどうしたのっ!!!」
問題が解決して礼拝堂から出ようとしている私にピタッとくっついてくるイスラム男。だからもう、いいんだってば。
「メトロを捜してるのかい?メトロっ」
メトロ駅捜してるのに、わざわざモスクに迷い込む輩がいるか?
「ハマムに行きたいのよっ、ハマム」
「えっ、何?メトロじゃないのっ」
あーしつこい。でも奴に「ハマムハマム」連呼して、余計な妄想を抱かせてもまずいので、「とにかく、もういいんだから」というジェスチャー(のつもり)をして見せたらようやく離れてくれました。

モスクを半周ほどすると、カフェが現れ、地元のパリジェンヌ達がお茶していました。
ケーキなどの陳列ケースがあるカウンターの後ろに「ハマムはこっち」と書かれた看板があり、カウンターには誰もいませんでしたが、とにかく扉を開けてみました。
目の前には番台ではなく、ソファと絨毯が敷かれているサロンが現れました。一瞬戸惑いましたが、私の後に続いて白人女性が入って来てサロンの奥にあるドアを開けて入って行ったので自分もそれに習いました。
そこがハマムの入口。正面には日本の銭湯の番台みたいなカウンターがあり、受付のお姉ちゃんがBGMで流れるノリノリのアラビアン・ポップスに乗せて踊っている。
そのすぐ横に女の人たちが何人も寝そべっているホールがありました。ホールの中央には噴水。その噴水を取り囲むようにマッサージ台が何台かあって、そこで施術を受けている女性たち。その光景は"ハーレム"というより"女ヶ島"(←そんなのあるんかい?)。
「ぼんそわーる。ハマム、シルブプレ!」
「ハマムだけ?それともゴマージュ?マッサージ?」
接客しながらも、踊り狂うイスラムお姉ちゃん。
ん〜と、せっかくだから垢すりぐらいはしてもらおう。「ご、ごまーじゅ、しるぶぷれ」
「ゴマージュだけでいいのね?フェイシャルとかはいらないのね?それじゃ12ユーロ(このへんの記憶が曖昧)」明朗会計である。
「垢すり券」らしきものを受け取り、入り口のすぐ横に貸し出し用のビーチサンダルが袋の中に山盛りになっている中から一足掴んで、いざロッカー・ルームへ。案内はされませんでしたが、女性がマッサージを受けているベッドと噴水の間を通って奥の方へ行くと、市民プールみたいな狭くて細長い更衣室がありました。
コンクリートの床は水浸し。慌ててビーサンを掴んできたので、どちらも右足用のサンダルでした。ロッカーにはタオル一枚入っていない。
そうだ、『パリノルール』では「タオルは貸し出しもあるが持参するのが賢い」と書いてあった。お風呂道具もタオルも持参してないので、再びカウンターに戻る。
「I have no towel!」と言うとレンタル料は4ユーロでした。日本円にして640円相当。なかなかバカになりません。
「とりあえず先にトイレに行っておこう」と思ったけれど、トイレがどこにあるのかわからない。片言の仏語で聞いてみたりもしたのですが、いまいち見つけられなかったので、また後で捜そうと思いました。

取り敢えずコートと服と貴重品をロッカーに収めてからタオル姿で噴水のあるホールへ。始めに自分はどうしたらいいんだろう?
カウンターのところに行って「こまん・ふぇーる?」(「どうしたらいいの?」と聞いたつもり)と言ってみると、「ちょっと待ってて」みたいなことを言われ、砂糖入りのミントティーを出されました。
「私もこの人達みたいに順番待ちしてればいいのかな?」ミントティーを飲みながら座って考えましたが、ここのホールでサービスを受けている女性はフェイシャルやらオイルマッサージなどをしてもらっています。ゴマージュだけの自分はここではないのではないか?そう言えば、さっきトイレを捜している時に、シャワーとか湯気濛々の大部屋があった。まずは"入浴"じゃないか、ということにようやく気づいてロッカールームに舞い戻りました。あのミントティーもお姉さんが勘違いして私に飲ませたに違いありません。

サウナ部屋は何室にも別れていて、奥の部屋に行けば行くほど部屋の温度が高く、湯気も濃くなって行きます。寒がりの私は当然一番奥の気温の高い部屋に直行です。その部屋には水風呂があって、パリジェンヌがジャブジャブ水浴びしてましたが、日本のサウナや岩盤浴の方がはるかに熱いため、水風呂なんていらないのにと思いました。
大理石の寝台は寝そべるとポカポカしてこのまま眠ってしまいそうです。大部屋では皆が大声で喋りまくってイスラム様式の天井に木霊してます。
この日はパリ滞在最後の夜。「こうやって今度のパリ旅行も終わるのね〜」とバカンスの余韻に浸っていたら、タンクトップ姿のイスラムおばはんがドスドスとやって来て「ゴマージュはやらんかね?ゴマージュは」と声をかけて来ました。
もうしばらくゆっくりしていたかったし、別に慌てる必要もないのですが、垢すりおばさんの登場に思わずビビッってしまいました。
ロッカーに入れてあった「垢すり券」を取りに行くと、垢すりおばさんは他のお客に取りかかっていて、一緒に順番待ちをしている客だと思ってた女性が私の垢すりをしてくれることになってギョッとしました。まるで、ソフトな○×映画みたい!?(爆)
ところで、ここには備え付けのシャンプーも石けんもありません。『パリノルール』では「シャンプー禁止」と書かれてありましたが、ここでは皆さん自前のお風呂道具を持参していました。
更衣室の床は水浸しなので、そこで靴下を履こうとすると濡れてしまいます。なので、最初に入った応接間風の部屋で靴下を履きました。ドライヤーも一応あったのですが、トイレで手を乾かす時のジェットタオルを下向きにしたようなのが壁についているのが1ユーロ。他の客が使っていたので髪を乾かすのはあきらめました。

というわけで『悲願のハマム体験』は無事に達成いたしました。
垢すりでお肌はスベスベになったけど、シャンプーもしてないので当然ホテルで入浴し直しました。イスラム会館の中にある庶民的なハマムということで、施設もサービスも雑然としてましたが、これはこれで楽しめました。
今度行く時はタオルとお風呂道具持参しよう。んで、垢すりが終わっても、しばらくサウナでまったりしよう。どうせならマッサージも受けて見ようかな。
...って、もうまた行く気なのかい、アタシ!?

このモスクで同じようにハマム体験をしている方がいました。
写真・イラスト入りなので、こちらの方がイメージが掴みやすいかと思います。

参考ページ Quoi de nuef? 「パリでハマム体験!」
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by marikzio | 2008-02-25 22:22 | 小さな目で見たParis | Comments(2)

Étienne Daho "L'invitation"
ça fait longtemps!
多忙のため、前回の投稿から随分間が空いてしまいましたが、ぼちぼち復活です。さて、久しぶりのブログは私にとって初ダ王となる"L'invitation"のレビュー。
エティエンヌ・ダオはヴァリテ・フランセーズ界のベテラン。
ダオを偏愛してやまないRimbeauさんが度々ご自分のブログで取り上げ、ダオの楽曲やPVを見ていたのですが、最新アルバム"ご招待"からの同名タイトルのシングルがなかなかカッコ良いと思ったので、パリで立ち寄ったシャンゼリゼのFnacで現物を購入してみました。
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歌手としては大御所の部類に入るダオ。自分にとっては洗練され過ぎて敷居の高い音楽、というイメージがあったのですが、"L'invitation"のちょっとエキゾチックで力強いフレーズに心動かされました。まさに私はダオの世界に"ご招待"されちゃったわけなのです。

You Tube Etienne Daho - L'invitation

3曲目の"Obsession"はアルバムの中で自分が1番好きな曲。これは、第2段シングルでもあり、"L'invitation"にも似た異国風な趣があってコンセプトが似てるのでは?と思いました。6月に始まるツアータイトルが"Obsession Tour 2008"となっているのも、この曲が重要な位置に置かれているからだと思います。
それに続く"L'adorer"、躍動的な"Obsession"から一転、陰鬱になる感じがいい。トロけそうにいいです。ダオ初心者の私ですがこの落差にグッと来てしまいました。

b0069502_20435618.jpgダオの楽曲は美しいメロディー・ラインでありながら、変化に富んで現代的。ポップスの王道らしく安定感があってどの曲も外しがない高水準の出来。しかし、彼の一番の魅力は何と言っても憂いを帯びた甘い声だと思います。
Rimbeauさんによるとダオが書くリリックには言葉遊びがいろいろ仕掛けられていてPVにもそれが反映されているものが多いのだとか。それでいて、時にメランコリック。言葉がわからないと甘美な旋律と声で聞き流してしまいますが、実は湖の底まで沈んでしまいたくなるような悲壮な歌だったりもする。
フランスのカルト作家ジャン・ジュネの『死刑囚の詩』を歌にしたり、本アルバム中の"Boulevard Des Capucines"(キャプシーヌ通り)は彼の実の父親が息子に宛てて書いた手紙がもとになっています。
軍人だったダオの父親は戦地アルジェニアでまだ幼い息子と妻を見捨てて愛人の元へ走ってしまった。ダオ少年はそのことがずっと許せなくて、歌手として有名になり、父親が楽屋に訪ねて来た時も絶対に会おうとはしませんでした。父親は手紙を残してコンサート会場を去りますが、その後、親子は和解することなく、父は他界。
ダオはそのことを後々になって激しく悔やみ、その時の手紙を歌にしたのですね。
メロディー自体は穏やかでノスタルジックな印象なんですが、そのエピソードを知ってしまったら涙なしには聴けません。なんて切ない歌なのでしょう。ダオの抑制されたボーカルの中に言葉にならない思いが伝わって来るようです。

参考ページ Rimbeauさん「今日はお誕生日なのダオ!!!」

収録曲は11トラック、45分。
これ以外に自分のお気に入りtunesは"Les Fleurs De L'interdit"(禁断の果実?)、"Sur La Terre Comme Au Ciel"、そしてクライマックスの"Cap Falcon" というところでしょうか。
パリ、オランピア劇場でのコンサートではきっとファンをメロメロに魅了してくれることでしょう。
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オフィシャルサイト étienne daho

You Tube Ideal

You Tube - Les Voyages Immobiles - par Michel Gondry

御年50歳という節目を迎えても古臭さなど微塵もなくエネルギッシュ。あくまでもダンディで時にシュールでアヴァンギャルド。
Dahoという名の男の世界の入口に立ったばかりの私。これから彼の宇宙を探求する旅に出かけたいと思います。
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by marikzio | 2008-02-24 20:46 | French Music | Comments(2)

ジェーンの若い頃かと思った -Lou Doillon- 
※ 大好評(?)にお応えして、写真追加しました☆(2/9)

パリ北駅でブリュッセル行きのタリスを待っていた時に、駅の書店で"ELLE à Paris"を見つけました。
エル版パリガイド、というところでしょうか?
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フランブルジョワ通りやサントノーレ通りなど日本のガイドブックでもお馴染みのお洒落スポットや今が旬のベルヴィル特集など情報満載。フランス語なのでほとんど流し読みしただけなのですが、私が「おおっ」と身を乗り出し、この雑誌を購入しようと思った動機はこの女性がフィーチャーされていたから。
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これ、若き日のジェーンじゃん!!

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さすが当時モデルだっただけあって、ペールラシェーズにいてもこんなにエレガント。墓場をドタドタ走り廻ってたアタシと大違い。それにしても足長過ぎぃ〜。
....と思ってよく見てみたら、これジェーンじゃないですね。
娘で女優のルー・ドワイヨン。
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ルー・ドワイヨンはジェーン・バーキンの3人目の娘であり、他の2人の娘はみんな父親が違います。長女のケイトはジェーンが10代の時に生まれた娘で離婚後、母国イギリスから親子で渡仏。次女シャルロットの父親はあまりにも有名なセルジュ・ゲンズブール。そして、映画監督ジャック・ドワイヨンとの間に生まれたのが三女ルー。
シャルロットは折れそうなぐらいスリムなところと時おり見せる表情にジェーンの面影があるぐらいなのですが、ルーは射るような目線とかちょっと出っ歯気味の口元とかジェーンそのものですね。(あら、失礼?)
もちろん、何年か前にルーの写真も見てるし、彼女が10代で妊娠・出産してたのも知ってたんですが、今改めてシャルロットの比じゃないジェーン度の高さに見入ってしまいました。

これは貴重なプライベート写真。
ジェーンとドワイヨンの2ショットや家族でロシア旅行に行った時のものなど。
ロシア旅行には、ジェーン、ジャック、異母姉妹のロラ、そして異父姉妹のシャルロットが同行。なんちゅう複雑な家族ぢゃ。
右下のジェーンとの2ショットは異父姉のジェーンによる撮影。
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お気に入りのブーランジェリやカフェ、本屋さんなどを紹介してます。オススメの子ども服専門店も登場。
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先日のスマスマ出演ではサービス精神旺盛なのか素なのか別な意味での私流を貫き、ファンの度肝を抜いたジェーン。彼女を軸にしたバーキン一家は複雑ながらも魅力的。
やっぱジェーン・バーキンって凄いのね...。

☆追加分のphoto☆
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by marikzio | 2008-02-08 21:44 | 小さな目で見たParis | Comments(10)

Cimetière du Père-Lachaise
ペール・ラシェーズ墓地はパリ最大の墓地。
ショパン、ドラクロワ、モリエール、エディット・ピアフ、マリア・カラスなど歴史的、文化的に名を残した人物が数多く眠っていることで世界的にも有名な墓地の一つです。
「パリに来て墓参り?奇特な奴もいるもんだ」なんて仰らないでくださいまし。ここは年間10数万人以上の人々が世界中からやって来るという隠れた名所なのです。

自分がここを訪れてみようと思ったきっかけは、映画『パリ・ジュテーム』です。
映画の中で倦怠期にさしかかったイギリス人カップルが大作家オスカー・ワイルドのお墓を訪ねる、というエピソードがあってワイルドご本人の幽霊まで登場します。と言うわけで、私のお目当てはキスマークだらけのワイルドのお墓。

過去記事 -PARIS, JE T'AIME-

しかし、なぜにイギリス人であるはずの彼がパリで眠っているのか?
ワイルドと言えば、同性愛者としても有名。クイーンズベリー侯爵の息子アルフレッド・ダグラスとのスキャンダルのため逮捕、獄中生活の道へ。刑期を終えた後は渡仏し、監獄生活に関する論文を発表するなどしてイギリスの刑務所制度を批判。晩年のワイルドは貧困生活を送り、不遇のうちにパリで死去しました。

ペール・ラシェーズ駅を降り、外壁に囲まれた墓地内へ。
敷地に入ると有名人の名前と位置が示されている地図があり、番地、通りの名前をメモ。地図の前には何人かの観光客がいて、同じようにメモしていました。
しかし、このペール・ラシェーズ墓地、Division 48、49と順番を追って歩いているつもりがいきなり隣がDivison8*になってたりしてわけわかりません。地図があれば位置関係を確認しながら歩けるのですが、それが手元にない以上、通りと番地をメモして行ったところであまり役に立ちません。
墓場の地図が売られていたりしているみたいですが、どこで買えばいいのかわかりませんでした。なかにはそれらしき物を持って歩いている人も見かけましたけれど、インターネットなんかで捜してプリントアウトして来れば良かった。
墓地にはいくつか入り口があるので、その各スポットに地図があったりするのですが方向音痴の私のこと、何度確認してもお目当てのお墓がある番地が見つからないのです。以前モンパルナス墓地でセルジュ・ゲンズブールのお墓参りをした時は地図で適当に確認しただけだったのにすぐ見つかりましたが、如何せん、ペール・ラシェーズは広過ぎる。
どこかで、お葬式があったようで黒服姿の男女が建物の前で一列に並んでいる光景に出会いました。「まるで映画みたい」と思いながらその場を通り過ぎるわたくし。

ワイルドの墓石を求めて歩き回っているうちに突如、マルセル・プルーストのお墓が私の目の前に。
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有名な「失われた時を求めて」の作者ですね。著名人のわりにシンプルな墓石ですこと。プルーストさんにはそれほど思い入れもなかったのですが、20世紀最大の文学者さんでありますから、彼に出会ったのは幸運なことです。

「でも、私はやっぱりワイルドに会いたい〜」と言いながら歩いていると、このお墓に目が止まりました。
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マリー・トランティニアン(1962年1月 21日 –2003年8月日)、享年41歳。
名優、ジャン・ルイ・トランティニアンの娘であり母は映画監督。自らも少女代から女優として活躍。
酒に酔った恋人に頭部を殴られ、脳浮腫が原因で死亡。当時の恋人はフレンチ・ロックを代表するグループ Noir Desir のボーカル、ベルトラン・カンタ。
マリー死亡のニュースは日本でも報道され、世界中に衝撃が走ったのが今でも記憶に新しいです。
私は彼女の映画を未だに観たことがないんですが、『ポネット』などで日本でもファンが多い人ですよね。私的には『主婦マリーのしたこと』に出演している、というイメージがあるんですが、その作品も未見です。
しかし41歳って、女優としてまだまだこれから円熟味を増して行く時ですよね。個性的で素敵な女優さんだったのではないかしら?それを思うと胸が痛くなって神妙な気持ちになりました。彼女のお墓がここにあるということは全然知らなかったので、出会えてうれしかったです。

それでも、オスカー・ワイルドのお墓は見つからない。
「オスカーさ〜ん、出て来てぇ〜」(ホントに出て来たら怖いってば)
墓という墓を散々探し回りましたが、夕暮れ時であたりはどんどん薄暗くなってるし、ずっと雨は降ってるし、頭上でカラスがカアカア鳴いてます。
そこで、美輪さんの言葉を思い出しました。

「夕暮れ時で雨が降っている時、お墓をうろついてはいけません。あの世とこの世の結界が曖昧になり、魔物が蠢き出して危険なのよ」

でもここはパリ、あたしゃ日本人。どうせ、おフランスの悪霊など異国人の自分に取り憑きようがないではないか。せっかくここまで来たのにワイルドのお墓を見つけられずに帰るなんて悔し過ぎます。「こうなったら、見つかるまで帰らないっ!」とばかりにぐるぐるぐるぐる徘徊を続けた私。こんなどうしようもないことにエネルギーを費やしてどうするのか???
さすがに疲れて来たので、最初の入り口のところまで戻り、もう一度地図を確認しました。で、自分が地図の見方が間違っていたことに気づきました。これじゃ、いくら捜し回っても見つからないわけだ。
「よし、今度こそ!」とばかりに来た道を再び引き返しましたが、ペール・ラシェーズはあちこちが小高くなっていて階段の向こうにまた別の集落がある。結局右往左往してしまいました。
「やっぱり縁がなかったのだ。帰ろう」
とさすがの執念深い私もようやく墓地を後にしました。

「そう言えば、地図をデジカメに収めてる人がいた。自分はそこまでしなくても大丈夫と思ったけれど甘かった」
次の日はパリ滞在最終日。帰りの便は夕方18時過ぎなので、空港には16時にまで行けば良い。今日、朝一番にもう一度ペール・ラシェーズに行き、私も地図をデジカメに撮って行けば、今度は巧く行くかも知れない。
我ながらアホかと思いました。パリにいる時間って1分1秒がいくら、と換算出来るぐらい貴重なのに、墓探しに費やすなんて!ひょっとして本当に私はペール・ラシェーズの魔物に取り憑かれてしまったのかも知れません。
「でも、1時間以内に見つかったらスッキリした気分で日本に帰れる」
結局、自分はペール・ラシェーズ方面の路線に乗っていました。
「そうだ、昨日の自分は花の一つも用意せず、写真だけ撮ってやろうという気持ちで来ていた。先人に敬意を払ってない、ということでワイルド翁が怒ってるのかも知れない。今度はちゃんとお花を買って行こう」
昨日と同じ入り口のすぐ脇に、昨日は開いてなかったお花屋さんが営業してました。花束というのもちょっと大袈裟だし、最終日なので現金の持ち合わせも少ない。赤と青の薔薇を1本ずつ買いました。1本350ユーロなので合わせて700ユーロ成。高っ。

入り口を入ってすぐの地図を撮影。これで何とかなる...はず。
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昨日の苦労は何だったのか、お墓はあっさり見つかりました。やはりお花効果か?
墓石は後に来る人が唇をつけるスペースもないほどルージュの跡だらけ。
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「オスカー・ワイルドの名声に敬意を表して、このお墓を破壊しないでください。このモニュメントは1992年に再建され、法によって守られています」
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参考ページ
Wikipedia ペール・ラシェーズ墓地

これはペール・ラシェーズ墓地の公式サイト。
訪れたい人物を検索して、バーチャルお墓参りが出来ます。でも、地図ファイルをダウンロード出来たらもっと良かった。
www.Pere-Lachaise.com
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by marikzio | 2008-02-03 21:32 | 小さな目で見たParis | Comments(2)


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