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これが、ミレチケ
ミレーヌ・ファルメールの"Avant que L'Ombre"ツアーの開始まで、あと2ヶ月ちょっと。一応、初日の1月13日に行くメドはついたものの、直前になって延期になったらどうしよう、とか私の都合が悪くなったらどうしよう、とかまるで中学生のガキのようにハラハラしている自分がいるわけです。(汗)
どうか無事に決行されますように!

b0069502_19323996.jpgこれはTicket.frで買ったミレーヌのチケットとエール・フランスの航空券です。エールフランスのエア・チケット、行きが何故かJALになっています。エール・フランス航空のHPで購入したのに...。
おそらく共同運行ということで、前にパリに行った時も帰りの便がJALでした。まぁ、いいか。JALはサービスがいいので、気に入ってるし、やはり日本の航空会社は安心しますよね。


b0069502_1944649.gif私のミレーヌチケットの座席指定はポルトDの2列目。この座席表には記されてないけれど、扉Dは後部の方です。一応、一番高いカテゴリー1だったんだけどなー。
カテゴリー1は132ユーロで、カード請求では2万円超えてました。カテゴリー2が95ユーロ。カテゴリー3が69ユーロ。そして、スタンディングのカテゴリー4が54ユーロ。さすがに若さと体力に自身がないので、スタンディング席を取る勇気はありませんでした。
カテゴリー3の方がステージに近くて、リーズナブルな値段なので、むしろこっちの方が良かったかも...。
Scene(舞台)が二つあって、一体ミレーヌ様はどっちでお歌いになるんだろうか???と悩み、中央で歌うんなら結構近いかも〜と思ったりもしたのですが、そうすると位置によってはミレーヌの後ろ姿しか拝めない人が出てくるので、あまりにも不公平。結局中央の舞台は機材なんかを置くんじゃないでしょうか。ひょっとして、地下を潜ってきて、いきなり中央にお出ましになるのかも?それともピーターパンのように空中に吊られて、ここに着地するとか、いろいろ考えちゃったりしています。


b0069502_19574470.jpgとにかく、私の席からは、ミレーヌ様とダンサー陣はこんな感じなのでしょうか?
実家にあった、安物の双眼鏡を持って行くことにしました。うちの親が東京ドームで野球観戦に行った時、これを使ったというので、何とかなるような気はしてるんですが...。


ベルシー体育館は1,7000人収容という巨大な会場で、ここで13日間、コンサートが敢行される予定なのですが、チケットはすべて完売なのだそうです。ネットでカテゴリー3の座席が270ユーロで売られている、というお話もあるみたいですケド...。
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それにしても、とんでもない人の波ですね。ほんとに自分がこの中の一粒になるのか?と考えても、いまひとつ実感が湧きません。
最近の世界情勢も何かと物騒なので、不安がないわけではないんですが、無事にミレーヌに会えますように...!
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by marikzio | 2005-10-30 20:07 | Mylene Farmer | Comments(4)

「竹内玲子の これでもかニューヨーク」   竹内 玲子
いつかは、このブログで紹介しようと思っていた、竹内玲子さん。最新刊が9月末に出たということで、ついに登場です。

これまでに、彼女の著書「笑うニューヨーク」シリーズを3冊読んで来ました。
NY在住16年、という彼女が「大都会ニューヨークには、この世の物とは思えないぐらい変な人たちがいっぱいいて、毎日のように想定外な事件が私の周りに起こっている」という日常を描いた爆笑エッセイ。あの、世界の経済の中心ニューヨークに住んでいる人の書いた本、と言うと、いかにもカッコよくて「私はデキル女。命がけで頑張ってるのよ。」みたいな事を書いているようなイメージがあるけれど、竹内さんのキャラクターは"お隣のお姉さん"的で「ありそうでなかったタイプ」の本ではないでしょうか。
一見おちゃらけたような文章だけど、豊富なボキャブラリー。人間ウォッチングが鋭く、コミカルな描写や突っ込み、自虐的な自己分析に、ついつい笑わされてしまいます。どうやら彼女は関西出身らしくて、笑いをとるのが上手。こういうセンスは自分にはないので、その才能がうらやましいです。
ニューヨークを描いた「SEX AND THE CITY」も生のニューヨークの人間模様を赤裸々に描いた傑作ドラマだけど、日本人にとっては、この「笑うニューヨーク」の方が実は"ライブなNY"を味わえるのかも知れません。

さて、本作の「これでもか ニューヨーク」。
爆笑エッセイ&NYガイド、と言うことで前作シリーズとスタンス的にはほぼ同じ。
「笑う〜」は講談社で文庫本だったけど、「これでもか〜」は徳間書店で新刊本で、ややゴージャス。何が豪華になったかと言うと、彼女の写真が大幅に増えたということ。
前シリーズの1作目に彼女の写真はなく(髪で顔が隠れている姿らしきものはあった)、2作目は友人と愛犬と一緒に小さく写っている写真があり、3作目でようやく顔がはっきりわかるようなのが2枚出てきました。友人の写真はバンバン掲載されてるんですけどね。(いいのかなぁ〜、と心配になったりしました)
しかし、最新刊「これでもか〜」にはチャーミングな竹内さん本人の写真がいっぱい。ヘアメークもバッチリ。本の中の記事を書くにあたって、カメラマンやメイクさんが同行したそうで(友人なんだろうけど)、扱いがグレードアップしたように感じました。中にはアイメイクに力が入り過ぎて、「明らかに目が大きすぎ」と感じるものもあったけど。

肝心の中身については、自分のことを"リンコ"(学生時代のニックネームだったらしい)という3人称で呼ぶのをやめ、"私"に変わっている。3部作では友人たちが頻繁に顔を出し、内輪ネタっぽかったものが、今回はほとんど姿を消している。自分の回想録みたいな内容だったのが、今回は取材を申し込んで記事にしている、という変化がありますが、基本的に彼女の書くミーハーな世界って変わりませんね。いい意味でも悪い意味でも。
消防士ポールさんとお友達になったのをきっかけに、一般人が出入りできないはずの消防署に案内してもらった体験が第1章で出てくるのですが、「ばかばかしくて面白くてくだらないけどすごく役立つ」というキャッチフレーズと合わないような気がしました。一応ガイドも兼ねた本、と銘打っているのに、一般人はおろか観光客が足を踏み入れることのない、消防署のお話。エピソードとして読むぶんには楽しめましたけど。
第2章は、アッパー・イーストサイドにある老舗の本屋や薬局にいる"頑固なじいさん巡りツアー"。彼女お得意の人間おちょくり描写が冴えて笑えました。人形病院は怖かったです。
日本に帰国した時に偶然、ぺ・ヨンジュンのCMを見て、ヨン様に惚れ込んでしまい、「ヨン様は英語が堪能で頻繁にNYに来ているらしい」という話を聞き、早々とNYに舞い戻り、コリアンタウンでヨン様探しをする「ヨン様訪ねて3千里」。日本で大人気のヨン様は30過ぎ、ということで韓国ではすでに過去の人となりつつある、という事実に衝撃を受けた、というエピソードが何か感慨深いものを感じさせられました。
竹内さんに同行していた、カメラマンのトロイが、ヨン様の写真集を紹介したHPを見て、「何て素晴らしい体をしてるんだ。それに彼の唇といったらセクシーだ。」と言ったり、「このドラマでは彼が裸になって、あの素晴らしい体を見せているのか?」と聞いてきたり、韓国で人気上昇中の若手俳優のポスターを見て「オー・キュート」とつぶやいたりしているところも大爆笑でした。
「英語に通じていて、NYに頻繁に来る」というのはヨン様自身ではなく、「冬ソナ」の主人公の設定だった、ということがわかってガクーッと膝をついた、というオチが最後についてあるのも流石です。

パーソンズ美術大学を卒業し、グラフィック・デザイナーとして活躍して来た竹内さん。最近は雑誌やWebでもエッセイを書いて活動の場を広げているようです。
彼女の独特の文体、実は賛美両論なんですよね。
「ブログやHPとしてはいいけれど、出版物としては幼い」という辛口な意見もあるのですが、この勢いだと、彼女はこれからも書いて行くのではないでしょうか?
それにしても、いいな、いいな、ニューヨーク。
パリも好きだけど、気の多い私はNYにも憧れます。「パリかNYのどちらかに住んでもいい」と言われたら、即答できそうにありません。
自分は「刺し身や寿司がないと生きていけない」タイプではないので、海外で永く住んでいる人がうらやましいです。

竹内さんの連載エッセイがここで読めます。
私は彼女が気の毒だけど、ブラインド・デートのエピソードで大笑いさせていただきました。
NYフードについての話題もあるので、NY旅行の参考にもなりますよ。
marie fields 『ニューヨーク 美味しい物語』
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by marikzio | 2005-10-27 18:04 | Book | Comments(0)

Dirty Dancing :Havana Nights    -by Guy Ferland-
b0069502_17322880.jpg邦題「ダンシング・ハバナ」。
予告編を見て、「これは絶対に観に行かなきゃ」と思わされた作品の一つです。一人の米国人少女が官能的なダンス音楽"サルサ"に出会い、情熱に目覚めていく、という成長ストーリーも興味津々だし、ヒロインの恋のお相手がキュートなラテン青年と来れば、これはもう、見逃すわけにはいきません。

1958年、革命目前のキューバ。
会社重役の父の赴任で、この常夏の国へやって来たアメリカ人一家。道路の真ん中では様々な人種の男女が歌い、踊り乱れる魅惑的な異国の街。
プールやメイド付きの高級リゾートホテルで暮らし、上機嫌のミラー一家の中でケイティ(ロモーラ・ガイ)だけは浮かぬ顔。ボーイ・フレンドやプロムなんかには目もくれず、ひたすら大学進学を目指してきた彼女にとって、キューバ行きは晴天の霹靂。周囲の浮ついた雰囲気が嫌でたまらない。

ある日、スクールバスに乗り遅れてしまった彼女は、歩いて帰途につこうとしますが、道の噴水の前で、ギターを弾き、腰ふりダンスを踊る熱狂的な一行に目を止めます。
両親が元ダンサーというだけあって、ダンスの素地は充分にあった彼女ですが、この音楽、この踊り、この狂乱は今まで目にしたことがありません。社交ダンスやロカビリーとはまるで異質の”キューバっぽい音楽"は彼女にとって衝撃的なものでした。
その輪の中で踊っていたハビエル(ディエゴ・ルナ)は、彼女が滞在している高級ホテルのプールサイドで給仕をしているボーイでした。
貧しいけれど、誇り高く、英語で客に対応するハビエル。彼はケイティが米国人にしてはダンスが上手いと評し、鏡を見ながら稽古をする彼女に疑問を投げかけます。
「何で、鏡なんか見てるんだい?体で音を感じるままに踊ればいいのさ。」

ハビエル達の踊りを見て、何かが芽生えつつあったケイティ。
デートのために準備したドレスがどこか堅苦しくて、しっくりこないとメイドに訴えます。ケイティの言葉にピンと来た地元生まれのメイドは自分のドレスを差し出します。
真っ赤なスリップドレス。「これで完璧なはずよ。」
「そんな、とんでもないわ。」顔を覆うケイティ。当時のアメリカ人にとっても、キューバ女性が一般に着るようなドレスは露出度の高いものだったんですね。
しかし、結局彼女はそれを着て出かけていくんですね。
派手で人目をひくようなドレスを着た彼女は、もはやアメリカ社会で浸透していたチーク・ダンスでさえも、なんか物足りないな、という表情が浮かんでいました。

ダンスを通じて、お互いの距離を縮めていくケイティとハビエル。
しかし、ケイティの妹の告げ口で、ハビエルはホテルをクビに。従業員と客は仲良くなってはいけない、という規則があったのです。
自分のせいで、職を失ったと感じたケイティは、地元のダンス・コンクールに一緒に出場しようと、ハビエルに持ちかけます。
罪のない父親を政府に殺され、大家族を抱えたハビエルの暮らしは苦しく、賞金を稼いで、アメリカへ行かせたいと彼女は考えたのです。

b0069502_17332292.jpgいかにも律義な性格らしく、コンクールの規定にのっとった振りしか認めようとしないケイティとは対照的に自分の感じるままに踊ろうとするハビエル。
二人は言い争ったり、歩み寄ったりしながら、独自の踊りを形成していきますが、ケイティの中にはある問題点が残っていました。
自分をさらけ出し、相手に身をまかせるのが怖い。
サルサは男女があられもなく、体や脚をからませあい、恍惚とした表情を浮かべ、自分の情熱を露にしていく。母親の「男の子には気をつけなさいよ。自分の人生が狂ってしまうわ。」という脅しが心に焼き付いているケイティにとって、ダンスは憧れと同時に恐ろしい存在でもあり、ついついブレーキがかかってしまいます。
私はハビエルの次の台詞が好きです。「これは奴隷のダンスだったんだ。音楽の中にいる時だけ、自由になれ、全てを解き放つことができる。なりたい自分になれる、ってことさ。」

この映画、ヒスパニック系の美しい男女や血が騒ぐような音楽、まばゆい日差しなど、ハバナの魅力的な部分をあますところなく押し出していて、娯楽性満点なのですが、当時、この国が抱えていた政治的問題や革命時の混乱などにも触れています。
これ、実話なんですって。有名な振付師、ジョアン・ジャンセンが少女時代に父の赴任でハバナに移住し、そこでラテン系の少年と恋に落ちた体験が基になっているのだそうです。
ヒロインの母親のおハイソなフッションや髪形も50年代の映画スターみたいで素敵でした。

本作は1989年に大ヒットした「ダーティ・ダンシング」の第2弾でもある、ということで、前作主演していたパトリック・スウェイジがダンス講師役でゲスト出演しています。
デミ・ムーア主演の「ゴースト」の、と言えば思い出す人が多いと思いますが、40歳は過ぎてるはずなのに、あの筋肉質でスラリとした体型は素晴らしいです。
私はこの映画未見なんですが、見たくなりました。
ヒロイン役のロモーラ・ガイ、知的なブロンド美人で、スタイルも抜群。ダンス映えがして綺麗だったけど、やはりこの映画の中心はハビエル役のディエゴ・ルナでしょう。
ラテン系にしては淡泊な甘いマスクは米国人(そして日本人)好み。今、注目株の俳優さんの一人と言うことで、他の出演作もチェックしなくては。

「ダンシング・ハバナ」公式サイト(日本語)
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by marikzio | 2005-10-25 17:34 | Movie | Comments(0)

スリにご用心!
二度目のパリ滞在4日目、シャンゼリゼのLouis Vuittonで買い物をした私は、こんな高級ブランドの紙袋を持ち歩くのは危険!と、一度ホテルで荷物を置いてから出直すことにしました。
ホテルに一番近い、コンコルド駅でメトロを降り、改札を抜けて階段を昇っていると、「あのぉ、すみません。」と日本語で声をかけられました。

それは、40過ぎくらいの日本人女性でした。
「日本の方ですよね?」
「そうですよ。」
「あ〜、良かった。」と彼女は溜め息をつき、「私、どうやらおサイフを盗まれてしまったようなんです。」
彼女は小型のリュックタイプのバックを背中にしょっていたのですが、気がつくと、バックの蓋が開けられ、財布が地図と一緒に無くなっていたのだそうです。それで、目の前が真っ暗になって、どうしよう?と思っていたところ、アジア系とおぼしき女(つまり私)がホームを歩いているのが見えたので、追いかけてきたのだそうな。
「まぁ、それは困りましたね。」
彼女は友人を訪ねてパリに遊びに来て、ずっとその友達に案内してもらっていたのですが、今日は友人に用事があるので、単独でオルセー美術館まで行ってみることにしたのだが、その帰り道でこんなことになってしまったそうです。

それにしてもさぁ、海外でリュック型のかばんは厳禁だと私は思ってましたよ。(地元の方でも結構いますけど)
私は、1月だったので、斜めがけのバックの上からコートを着る、というふうに防備していました。当然、パスポートやエアチケットはホテルのセキュリティー・ボックス。(しかし、私の泊まったホテルにはありませんでした)
クレジットカードは一応2枚準備していくけれど、そのうちの1枚はホテルに置いていきます。財布には、取られてもあきらめがつくぐらいの額だけ財布に入れ、残りの現金はやはりセキュリティー・ボックスに。
この女性の盗まれた財布にはクレジット・カードが2枚入っていたそうです。

盗難に遭ったら、まず電話。
カード会社に連絡して、自分のカード番号を無効にしてもらい、仮のカードを発行してもらいます、というのは誰でも知っていますが、海外で電話をかける事自体慣れていないので、戸惑ってしまいますよね。
公衆電話を使うにはテレホンカードをわざわざ入手しなくてはいけないし、電話のかけ方もガイドブックにはちゃんと書いているけど、外出先じゃ分厚いガイドブック持ち歩いているわけじゃないし。

「あ、そうだ。」ハッと私はひらめきました。
「今、これから自分の泊まっているホテルに行くんですけどぉ、そこのフロントさんから電話を貸してもらいましょうよ。」フロントには日本語ペラペラのコンシェルジュさんもいるし、何とか力になってもらえるかも知れない。
そのご婦人を連れて、ホテルへ到着。
「オマチしておりました。」満面の笑みで迎える例のコンシェルジュさん。良かったぁ、ちょうど良く彼がいてくれて。
「すみません、この人、スリに遭ってしまって、電話を貸してもらえませんか?」
「スリって何ですか?」
「ドロボーのことですよ。ほらメトロの中で」
「大使館にも届けた方がいいぞ。」と隣にいた別のコンシェルジュ。もちろん日本語ではなかったけれど、あんばさどぅーる、という単語は聞き取れました。
その人は電話を貸してもらい、「あとは自分で何とかする」と言ったので、私は部屋へ行きました。

しかし、私もFnac(地元の大手レコード店)でクレジット・カードを無意識のうちにコートのポケットに入れっぱなしにしていたこともあり、他人事とは思えません。
来年の1月にミレーヌ・ツアーのためパリ旅行をする予定の自分、自戒を込めてこの記事を書かせていただきました。
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by marikzio | 2005-10-24 14:13 | 小さな目で見たParis | Comments(3)

「私の荷物はどこ?」
今日は、二度目のParisに着いた夕方のことを書きたいと思います。

エール・フランスがシャルル・ド・ゴール空港到着の時、不覚にもエアポケットの中に入ってしまい(つまり、ボケーッとしていたという意味)、機内アナウンスを聞き逃してしまいました
単独個人手配旅行デビューしたNYの時は緊張していたので、機内のアナウンスにちゃんと注意を向けていたというのに、今回はちょっと気が緩んでしまったのでしょうか。
荷物の受け取り場所を確認できなかったので、空港内で立ち往生してしまいました。
前回利用したJAL便の受け取り場所はすぐに見つかったけれど、エール・フランスの受け取り場所はなかなか見つからない。(もう2年くらい前なので、記憶が曖昧になっているのですが、フロアが違っていたような)
自分の前を女性の集団が歩いていたので、取り合えずついていってみることにしましたが、彼女たちに確認したら、ロンドン行きに乗り換えるところだと言うので、違いました。

あ〜、どうしよう!こんな自分の初歩的なミスで、荷物を見失ってしまうなんて。
時刻は午後6時近くで、フロア内は人影もまばらでガラ〜ンとしています。とにかく、このままでいるわけにも、いかないので、職員が待機しているオフィスみたいなところに行って、聞いてみることにしました。
「う・え・め・ばがーじゅ?」 Ou est mes bagage?
これがフランスに来て、初めて発したフランス語。今思うと、文法的に間違っていました。
mesは複数形になってしまうし、bagaeは男性名詞だから、mon bagageになるのかな?
でも、とにかく、「私は荷物を捜しているんだ。」ということは通じたらしい。
「エール・フランスに乗ってきたんです。」ということを伝えると、相手の男性は「う〜ん、自分もよくわかんないな〜」と言うような表情をし、「とにかく、2階へあがって、まっすぐ行って、うんたらかんたら...」みたいな説明をしました。
あちゃ〜、思ったより簡単には見つけられないらしい。でも、とにかく行ってみなくちゃ。
結局、移動してから、また別な人物に聞いたりして、とにかく私の可哀想なスーツケースは、持ち主に取り残された他の荷物たちと一緒にまとめられている場所にありました。どうやら無傷のようで、私とbagageは感動の再会を果たしました。

荷物を引き取ったら、今度はパリ市内へ移動しなくてはなりません。個人手配なので、当然、旅行会社なんかのリムジンバスもありません。
市内へはエール・フランスの空港バスとロワシーバスの2種類が出ているので、それを利用しようと思っていました。いづれも、空港から15分くらいから30分の間隔で出発している、とガイドブックには書かれています。
エール・フランスのバスは凱旋門行きとリヨン駅経由のモンパルナス駅行きの2路線があり、ロワシー・バスはオペラ座で止まります。市内に入ってからタクシーで宿泊予定のマドレーヌ寺院近くにあるホテルに行こうと考えていました。
ロワシーバスの方が料金も安く、オペラ座で降りる方が都合がいいので、ロワシーバスを利用しようと心に決めていました。
バス乗り場はすぐに見つかりました。エール・フランスのバスが来ているのが見えたのです。
ロワシー・バスの乗り場には看板があって、出発時刻と「料金はカウンターでチケットを購入するか、車内で払ってください。」みたいな事が書かれています。
私の他にも日本人女性が二人いて、そのうちの一人は携帯で電話をしていました。そのうち一人のおじさんが来て、看板の出発時刻をみてうなずいていました。
ところが、30分以上過ぎても、ロワシー・バスなんか来やしない。いや、私たちが待っている間も、ロワシー・バス何台も来ましたよ。ユーロ・ディズニー行きのロワシー・バスが、これでもか、というほど。
しかし、今のこの時間にユーロ・ディズニーになんか行く人いるのかな?おじさんも、戸惑っているみたいで、そわそわしています。
しかし、待てど暮らせど、やって来ないロワシー・バス。ガイドブックには15分おきくらいで来るって、書いてあったのに。
ホテルまで送ってくれるシャトルバスがいっぱいあったNYとはえらい違いだ。

しびれを切らした私は、勿体ないけど、タクシーを利用することに決めました。
ガイドブックによると、フランスではタクシー乗り場がちゃんとあって、必ずそこから乗ることになっているのだという。日本のように流しのタクシーを捕まえることはないのだそうな。
バス乗り場からタクシー乗り場はすぐ近くにあったので、そちらに向かって歩いていくと、観光客が列を作っている先に、アフリカ系の気の強そうななおじさんが仕切っていて、なかなかワイルドな雰囲気でした。
おじさんは、他にも観光客のグループがいたのに、単独でいる私を見てすぐ優先してくれました。
私にむかって、「ベネ、ベネ、ベネ」と手招きします。
お〜、Venez,Venez,Venez(来なさい)と言われちゃった、とそんなことに感激する私。
手配されたタクシーに乗り込むと、運転手の若いお兄さんはスペイン移民風(違ったらごめんなさい)の濃い顔立ちで、仕事仲間の背の小さい、これまたスペイン人風の男の子が車の外から運転席を覗き込んで、運転手に何か話しています。
何を喋っているのか聞き耳をたててみたけれど、私の仏検3級程度のディクテ力では全く理解できませんでした。
このお兄さんが運転中、携帯で話していた時も、全然聞き取れず、これが理解できたら、面白いのになぁ、と考えておりました。

やがて、タクシーは見覚えのある街中へ。
ただいま、パリ。また来ちゃったよ。
私が泊まるホテルはヴァンドーム広場とマドレーヌ寺院の中間あたりの、小さな通りにあったような。タクシー利用は予定外だったものの、一応自力?でホテルに到着した私は早速、フロントでチェックイン。
フランス語はおろか英語も満足に話せない私ですがアメリカの旅行サイトExpedia.comで、ホテル予約をしました。
このサイトで、自分が泊まりたいロケーションやグレードを検索して、決済すると、メールが送られてきます。
この予約メールをプリントアウトして、現地でチェックイン時にこれを見せるだけで、スムーズに事が運ばれます。本当にちゃんと予約が取れているか、ちょっと心配だったけど。
ホテルのコンシェルジュにカードを渡され、名前を記入していると、100%フランス人(たぶん)のはずのお兄さんが、いきなり「あ〜ん、ソウデスカ!」
どっかで聞いたことがある言葉が耳に飛び込んできたので、そりゃー、もうビックリ!
見上げると、したり顔のお兄さん。この人、ニホンゴ、ペラペラだったのです!!
「あのぉ、このカード、漢字で書いた方がいいんでしょうか?」ついつい日本語モードになってしまいました。
「う〜ん、どっちでも。まぁ、漢字読めるのはボクしかいないけどね。アオモリなんですか?お酒が美味しいところだよね、あの辺は。イワテとかアキタとか。」
それにしても、このお兄さん、金髪でちょっと口ひげ生やしていて、笑顔がとってもサンパティクです。
日本に留学してたのかな?この容姿、この朗らかさ、まさに「日本人が求めるフランス人」そのもの、って感じで滞在中はさぞかしチヤホヤされたことでしょう。
朝食の場所とか、ひととおり、日本語で説明を受けてから、部屋へ行くことになりました。
「じゃあ、またアトでね〜。」陽気に手を振るコンシェルジュお兄さん。

なんか拍子抜けするなぁ。
言葉も知り合いもいない国で、なんとかサバイバルして見ようと意気込んで、日本の旅行会社も使わなかったのに、こんなところで日本語ペラペラのスタッフがいようとは。ま、確かに、心強くはあるけれど。
そんな感じで、私の二度目のパリ、第1日目は終ったのでした。
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by marikzio | 2005-10-21 10:22 | 小さな目で見たParis | Comments(0)

「皇帝ペンギン」  -by LUC JACQUET -
エミリー・シモンが音楽を担当して、ずっと気になっていた「La Marche L'Empereur」、秋になって、ようやく青森でも観ることができました。
ほんとは、吹き替え版でない方が良かったのだけど、ミニシアター系の映画はなかなか観に行くチャンスがないので、贅沢は言っていられません。予想どおり、映画館には家族連れが目立ちましたね。

b0069502_16313153.jpg
皇帝ペンギンの生態について、予備知識のまるでない私にとって、この映画は"目からウロコ"の連続。
左右に揺れながらペタペタ歩くペンギンさん達が海の中では、弾丸のようにビュンビュン泳いでいくのが圧巻でした。
皇帝ペンギンって、海中と産卵時には氷の上、と住み分けしてるんですね。ずっと陸地で暮らしているのだと思ってました。
餌の豊富な海で自由気ままに暮らしていたペンギンたちは繁殖期になると、何十頭もの仲間たちとキャラバンを組んで、陸地のはるか彼方、自分たちが産声を上げた、氷で覆われた土地をめざして、20日間にわたって行進を始めます。卵を産み、育てるには固い氷の上でなくてはならないんですね。
そして、同じ日、同じ時間に、何組ものキャラバン、数千頭ものペンギンたちが目的地に一斉に集合するのです。
そう、まるで"魔法にかかったように"。

そこで、パートナーを探し、メスに対して少ないオスをめぐって争奪戦を始めるメスたち。
何年も前から夫婦だったカップルは、参戦することなく、愛のダンスを始めます。
この光景がとても神秘的で、エミリー・シモンの透明感のある声が冴え渡ります。まるで人間のラブシーンのような美しさ。ふわふわの羽毛がズームアップされて、触りたくなっちゃいます。

愛のダンスが成立して、3ヶ月後、いよいよメスは卵を産み落とします。新しい生命の第1歩。
ママはつま先立ちで卵を温めつづけますが、自分の空腹を満たし、生まれて来るヒナに与える餌を取りに行くために、ここから100km先の海へ旅発たなくてはなりません。
父親に卵を託し、母親たちは行進を再開します。
父ペンギンは寒さから身を守るため、仲間と円陣を組み、なんと120日間もの間、何も食べずに卵を守り続けます。
母親と交替した後、彼らもまた旅に出かけるのです。これで何人もの仲間が命を落すという、最も危険な行進。命があれば家族と再会できることを願いながら。

ペンギンって何ヶ月も食べなくても過ごせるようになってるんですね。それに、"サルのほおぶくろ"のように食べたものをキープしておく場所が体の中にあるのか、母も父も自分の口から餌を出して赤ちゃんに与えています。
海まで100kmもの道のりを歩いていかなくてはならないので、担いでくるわけにいきませんからね。ペンギンの体って、うまくできてるなぁ、と感心させられてしまいました。

それにしても、食べ物を得るために、いちいち2ヶ月もかけて、行進していかなければならないとは!団体からはぐれてしまったペンギンは個体で生きていくことはできず、自然は容赦なくその生命を奪うわけです。
残された片親や赤ちゃんも、ブリザードや天敵にさらされる危険がたえずつきまとい、行く者も留守を守る者もまさに"命がけ"なのです。
便利さばかりを追及した生活に慣れてしまった者にとって、皇帝ペンギンの実態は、なんて非効率、なんて危険!としかうつりません。
しかし、彼らにとって、この行進こそが、地球上に彼らの先祖が生まれてからずっとDNAの中に受け継いできたもの、これからも永遠に受け継がれていくものであるからこそ、より深い感動を覚えてしまうわけです。

自然の脅威にさらされ、命を落していくペンギン達の姿も、食物連鎖という大自然のシステムの中に組み込まれているものでしかないのですが、襲われそうになる場面に、「頑張れ!」と思わず、手に汗握ってしまいます。
時間が過ぎていくのがアッという間で、まだまだ続くのかと思ったらエンディングが始まって、名残惜しかったです。

この映画は監督がたった3人の仲間と8,880時間かけて撮影したものだそうですよ。水中の迫力映像も、さぞかし寒かっただろうな、と考えると震えがきそうです。
お腹で氷を滑るペンギン、ツルッと転ぶペンギンなど期待どおりキュートな表情を見ることができたのも満足でした。
しかしながら、オリジナルの字幕版はロマーヌ・ポーランジェが母ペンギンの声を担当しているので、そちらを期待していたのに、残念でした。
でも、石田ひかりさんも、大沢たかおさんも、神木隆之介君も素敵でしたよ。

画像元 映画「皇帝ペンギンの公式サイト」
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by marikzio | 2005-10-18 17:45 | Movie | Comments(0)

NOIR DESIR "EN PUBLIC"
"黒い欲望"と言う名のフレンチ・ロックを代表するカリスマ・バンド。
2枚組ライブ盤であるこの"EN PUBILIC"は初登場でチャート1位をマーク。(2005年9月28日)
相変わらず圧倒的な強さを見せつけていますね。
私が購入したEDITION COFFRETは52ページのブックレットがついたデジパック仕様。中身はこんな感じです。

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b0069502_16411636.jpgノワール・デジールは1986年頃にデビューし、現在もマヌー・チャオなどと並ぶ大ベテラン。
実は私、彼らの存在を知りませんでした。
このグループ、と言うよりボーカリストのBertrand Cantatの名前を初めて聞いたのは、やはり例のニュースででした。



b0069502_1117434.jpgMarie Trintignant (まりー・とらんてぃにゃん)。名俳優、ジャン・ルイ・トランティニャンと映画作家ナディーヌの間に生まれ、自分も女優として活躍。出演作は「主婦マリーのしたこと。」、「ポネット」、「歌え!ジャニス・ジョプリンのように」など多数。
母、ナディーヌ監督の映画撮影のため、リトアニアに滞在中、同行していた恋人のベルトラン・カンタ(当時39歳)から受けた暴力が原因で意識不明の重体となり、2003年8月1日に死去。(当時41歳)
カンタはその時、多量のアルコールを飲んでいたとか、二人でいた時にトランティニャンの元夫である映画監督から彼女に電話がかかって来たことで、彼が激しく嫉妬して喧嘩になった、とも伝えられています。
カンタは最愛の人を殺害してしまったことで、精神不安定になり、自殺未遂を起こした、という話もあり、そういうわけで、魂を歌うカリスマ・シンガーは現在、獄中の人。
フランスは美しい女優とともに、ノワール・デジールという大きな存在をも同時に失ってしまったわけです。
まるで映画のようにショッキングな事件でした。

ノワール・デジールのサウンドはハード・ロックとかオルタナ・ロックとも言われていますが、私としては、ハードロックと言うよりやや抑え目な、ちょっと古風な印象を受けました。時おり、中近東風?のエキゾチックな節回しとかが顔を覗かせて、やはり哀愁を帯びている、というかノスタルジックな感じがします。
"フランスのU2"とも言われているのも納得。あらゆる年代、とくに中高年のハートに浸透しやすい音楽だと思いました。
ベルトラン・カンタの声はダミ声というのか、ひび割れ声というのか、最初聴いた時は個人的に苦手だと感じたものですが、聴いているうちに馴染んでいきました。
彼の存在なしに、バンドを存続する、というのはちょっと無理なんじゃないでしょうか?とても残念です。伝説として、生き続けていくことになるのは間違いないと思うのですが。

ライブCDと同時に2枚組DVDも発売されてます。今後の活動はどのようになるのでしょうか???
NOIR DESIRの公式サイト
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by marikzio | 2005-10-17 11:13 | French Music | Comments(0)

marikzio in Hokuriku -金沢編-
急行北越が13時39分(頃)、金沢駅に到着し、私たちは荷物を抱えていそいそと列車を降りました。
明日の午前10時45分にはここを発たなければいけないので、金沢に滞在するのは正味半日程度。1分足りとも無駄にできないのです。
駅の改札口を抜けると、前方に巨大な門が立ちはだかっているのが見えました。すごぉおい!
金沢駅の玄関はドーム型のガラス張りの屋根に覆われていて、その中に巨大な門オブジェがそびえている、という感じです。解放感があって堂々としています。
私たちが宿泊する金沢ガーデンホテルはすぐ駅前にあったので、早々にチェックインしました。
昨日の新潟は雨だったのに、今日は快晴で暑いぐらいです。

ホテルを出ると、すぐにバス案内所へ。
連休中とあって観光客向けの周遊バスはすでにチケット完売。交通渋滞気味で、タクシーでも結構時間がかかりそうだ、とカウンターのお姉さんが言うので、歩いた方が早いと判断。市内マップをもらって、まずは兼六園をめざします。

b0069502_1685334.jpg兼六園までは30分〜から40分くらいかかるとお姉さんは言いました。目印になりそうな大きな建物を探しながら場所を確認し、てくてく歩いていると、このように塔みたいな神門が見えてきました。
「あれは何?」とYちゃん。
「あー、あれは尾山神社だって。」マップと照合しながら答える私。Yちゃんは"るるぶ"を開き、「この尾山神社には、前田利家公と妻のまつが祭られている」と説明されてあったので、さっそく立ち寄って見ることにしました。




本堂はかなり立派です。参拝したあと、広い中庭や馬に乗った利家の銅像、まつの石碑などがあって、歴史を感じさせます。時間があったら、もう少しゆっくり見学して行きたい所でした。

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歩き続けるうちに、左手に金沢城公園らしきものが見えてきて、めざす兼六園が近づいていることを実感。
兼六園は入り口が何ヶ所かあって、どちらから入ればいいのか迷いました。しかもどの入り口も登り坂。この豪華絢爛な庭園は小高いところに作られたのですね。


b0069502_16264826.jpg写真は瓢池。滝で有名な所ですが、ガイドブックに載っているプロが撮った写真と自分が撮影した物とでは、どこか隔たりを感じてしまいます。
この池の水辺に可愛らしい茶店があって、「食事は完売しました」と張り紙がありましたが、抹茶とお菓子を頂くことができました。
ちょうどこの時間帯(午後3時過ぎ)は水面に反射した光が部屋の壁に映って、ちょっと幻想的な雰囲気でした。

兼六園の敷地は地図で見ると、弘前公園ぐらい広いイメージがあったのですが、実際に歩いてみると意外にこじんまりしていて、目的のものを見過ごしてしまい、引き返すこともありました。ガイドブック等には「6景勝を押さえてまわるのが効率的」なんて書かれてあったりしますが、兼六園のHPを見ると、実に多くの見所があって、駆け足で済ませてしまうのは勿体ないと思いました。

古びた鳥居のある場所があって、皆通りすがりに参拝して行くので、何だろう?と思っていたら、HPによるとそれは「鶺鴒島(せきれいじま)」で、昔、いざなみ、いざなきの尊が鶺鴒から男女和合の方法を教わった、という故事の記述から名付けられたそうです。中央に「三社」と書かれた石額のかかった鳥居を中央に据え、その奥の陰陽石は「誕生」、相性の松は「結婚」、五重の塔は「死」という人生の三大儀式を現しているのだそうです。

b0069502_16585116.jpg兼六園を出ると、すぐ目の前には金沢城 石川門が。
金沢城もほとんど城跡だけで、現在ある建造物は再現したものだ、ということであまり期待はしてなかったのですが、門の所まで来たからには公園内に入って見ることにしました。
加賀百万石、と言われる金沢城、本丸が残っていたら、さぞかし迫力があって見物だったでしょうね。


金沢城公園を後にして、ノスタルジックな茶谷街をめざします。当然徒歩。
まずは主計街茶屋街に辿り着き、泉鏡花の径とか、何とか書かれた細長くて奥まった道を散策しました。午後4時ともなると、薄暗くなって来て、この茶屋街地区の民家や飲食店の前の行灯が灯り始めていました。
どれがお店でどれが民家なのかわからない。でもよく見ると、民家の前には乳母車や子ども用の自転車があったり、車庫に車が収められていたり、それなりに生活感を出しています。
「こんな素敵なところがあったのか」と関心しながら、もう一つの茶屋街、ひがし茶屋街へ。
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ここはお土産屋さんがいっぱいあって、輪島塗の箸や金箔入りの油とり紙などをお土産用に購入。自分へのプレゼントに金箔入りのハンドクリームを買いました。
しかし、このひがし茶屋街も午後6時を過ぎると、いっせいにパタパタと閉めてしまうのですね。観光スポットって言うと、夜遅くまで賑わっているようなイメージがあるのですが、金沢は日曜は休業している店も多いらしく、そのへんも古風というか何というか。
金沢に到着早々、歩きづめですっかり空腹の私たち。
しかし、茶屋街、と言うだけあって喫茶店が主流だし、いかにも高級そうな割烹も予約がないと門前払いされてしまいます。やはりここは敷居の高いところなのだ、と実感する瞬間です。

「このまま食いっぱぐれるかも...」と不安を抱き始めた、その時、地元ボランティア、"まいどさん"によるナイトウォークの集合場所に偶然来てしまい、「あんたたちナイトウォーク希望者ですか?」としつこく聞かれました。このまま強引にナイトウォークに連れて行かれるかも...、と思ってしまいました。さっきから散々歩き廻っているのに。
「私たち、お腹が空いているんですけれど、このへんに食事をするところはありますか?」とひるまず"まいどさん"に聞くYちゃん。
おじさんたちに、この近くにある居酒屋風割烹のお店を紹介され、ようやく私たちは夕食にありつけることになりました。
そのお店はちょっと有名なところらしく、お店の入り口にはマスターが歌手やタレントと一緒に写っている写真がいっぱい飾ってありました。
店内は狭いうえに非常に込んでいましたが、なんとかカウンター席に座ることができました。
刺盛から始めて、加賀料理の代表治部煮、牡蠣の磯ゆで、いしるの珍味、ジューシーな唐揚げ、甘エビの塩焼き...、どれも繊細な味わいでとても美味しかったです。自家製の梅酒もすっきりした甘さでおいしゅうございました。
この店は日曜が定休日なのだそうですが、今日は連休だったので、営業していたそうです。いつもは5人のスタッフなのに、二人もお休みして、てんてこ舞いだとか。
お客が次々と入って来て、予約をしていたにもかかわらず、狭苦しいぎゅうぎゅう詰めのカウンターに座らされている人たちがいて、これじゃ予約の意味がないなぁ、と思いました。
その予約客は治部煮をオーダーしたのに、マスターは「手間のかかる料理は出るまで長くなるから、もっと早くできる奴にしてくれないか?」とハッキリお断りしていて、率直と言うより、やや横柄なイメージを持ちました。今日は忙しいから仕方ないと言えばそうなのですが、なんか売り手市場というか殿様商売というか、威張ってやがる、という感じでした。
カウンターの前の大きな皿の上に、これまた大きな松茸が積まれてあって、あれも食べてくれば良かったなぁ、と後悔しています。でも、あのオヤジが手間がかかるから、とか何とか言って、素直に作ってくれなかったのでわ?と言う気もしています。

b0069502_17515719.jpg空腹を満たした後は、さっきの主計街茶屋街に歩いて引き返しました。
観光地なのに、まだ9時くらいなのに、ほとんど人が通っていません。しかし、寂れた、という感はなく、隠れ家というか、お忍び旅行にぴったりな土地、という気がします。気分は失楽園!?
こういう感じの通りにある、一見茶店風のバーに入りました。
純和風な外観と一転、シックで大人っぽい、モダンなカウンター。店内に飾られている写真の風景も和風ではなく、どこかの外国の写真でした。
気分的にカクテルが飲みたかったんだけれど、ワインとか日本酒しかなく、"カメ"に入った九州産の何とかという焼酎をロックでもらうことに。結局途中で水割りにしてしまったけれど。
ふぐを干物にしたとかいう、金沢特産の珍味を出してもらって、これも美味しかったです。道は行き交う人々があまりいないのに、何故かこのバーには次々とお客が入って来ました。それも皆わけあり顔のカップルばかり!?(そう見えるだけかも)
それにしても、焼酎3杯とフグの珍味であの値段とは、しっかり取られました。やっぱり"るるぶ"に載っているだけあって、観光客向けのお店なんですね。地元の人はこんな所ではなく、もっとリーズナブルなところで飲んでいると思います。

帰りも徒歩で帰りました。
歴史があって、見所のたくさん詰まった金沢、歩き切ってしまえるぐらい、こじんまりしていて、落ち着いた街で好感を持ちました。
金沢行きを決める前は、滞在時間より移動にかかる時間の方が長いので、躊躇したのですが、「なかなかあそこまで行く機会がない」と言うことで思い切った決断をして、大正解でした。もう一日あったら、武家屋敷とか、にし茶屋街を網羅できたのにな〜。
次の日は列車の出発間際まで、おみやげをたくさん買い込みました。それでも、まだ買い足りない気がしている私たち。
上品そうな顔をしていて、しっかりお金を落させる金沢はさすが観光地。おそるべし!
腹八部目で満足感のある旅となりました。
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by marikzio | 2005-10-14 16:10 | いや〜ん、VACANCE | Comments(0)

marikzio in Hokuriku -新潟編-
b0069502_16533568.jpg大学時代、サークルの仲間だったTちゃんの挙式の知らせが届いたのが9月中旬。
(ほんとはお盆頃に招待状を発送したそうですが、何故かmarikzioとYちゃんには届かず、Yちゃんも友達から電話が来るまでわかりませんでした)
新潟は長岡出身のTちゃん、当然会場も長岡だったので、私たちは初めて新潟の地を踏むことになりました。

関東圏の人にとっては、新潟は遠いところではないのでしょうが、青森から新潟はすっごく遠い。最初、どうやって行ったらいいのかわからなくて、「ひょっとしたら前泊しなくちゃならないかも。」なんて思ったりしました。
とりあえず、3連休1日目の10月8日、午前6:39分(ぐらいだった)発の急行いなほに乗り込みました。そこから日本海沿いに5時間ほど列車に揺られ、新潟で上越新幹線に乗り換え、目的地の長岡で下車します。何と言っても長旅なので、iPod SHをフルチャージしておきました。(電源も曲数も)
8時45分くらいに、Yちゃんの携帯に新婦Tちゃんのメールが。「Mちゃんから『事故があったようで、列車が止まってしまった。接続が間に合わないので、式にも遅れるかも知れない』という連絡がありました。そっちは大丈夫?」
こっちは何事もなく順調だと思ってたのに...。Mちゃんは奥羽本線を使わずに太平洋側の八戸で東北新幹線に乗り、大宮あたりで乗り換えするルートだったらしい。三沢あたりで、人身事故?のようなものがあって、一時間ほど足止めを喰らったとか。当然接続には間に合わず、何とか別な列車に乗り込んだものの、満員車両の中を延々と3時間立ちっぱなしだったとか。いやはや、大した災難でした。
Mちゃんの他にも太平洋側ルートを利用して来た人がもう一方いまして、しかし、彼女たちも何とか挙式開始の3時前には間に合いました!ほとんど奇跡と言っていいくらいです。
ほとんど滑り込み状態でホテルにチェックインしたSさんがエレベーターに乗ると、その中でスタンバイ状態の花嫁と鉢合わせして、久々のご対面と相成ったとか。

b0069502_1742086.jpg弘前大学在学中から、色白で純和風美人だったTちゃん。和装も当然美しかったけれど、ウェディングドレス姿もほっそりした顎のラインの美しさとか、肌の白さが際立って、とても綺麗でした。幸せいっぱいな背中を思わず激写。
お料理もキャビア添えの前菜とか、フォアグラのクレーム・ブリュレ仕立てとか、とても凝っていておいしかったです。長旅でお腹が空きまくっていたので、運ばれてくるお料理を人目もはばからず次々に平らげてしまいました。デザートのケーキも3個食べちゃったし...。

披露宴が18時頃に終わり、二次会をお断りした私たちは折角だからと、長岡ナイトに繰り出しました。長岡の街って、青森の駅前と似たような雰囲気でびっくり。しかも7時過ぎともなるとお店がパタパタとシャッターを降ろしていて、人通りの少ないさびれ加減まで一緒です。
小洒落た小さな喫茶店で、大学時代のTちゃんのエピソードにしばし話に花を咲かせました。研修旅行で必ず寝坊して汽車に乗り遅れたとか、財布とか眼鏡とかよく忘れ物したとか...。(Tちゃん、ごめんね)
その後、二次会を終えたTちゃんと駅前で合流。ホテルのバーでTちゃんを囲んで思い出話に浸りました。あ〜、あの頃から、もう**の月日が流れたのか...。

披露宴でもらった引き出物がたくさんあったので(中身はまだ確認していないのですが、ハムとかクッキーとか、カタログとか結構豪華だったらしい)、ホテルのロビーで宅配便の受付をしてもらいました。他の方々は披露宴で着たスーツとか不要になった衣類等も一緒に送っていましたが、うっかり者の私は引き出物onlyで送ってしまいました。「なんで、あれもこれも一緒に送らなかったんだろう?」と後で気づきました。
しかし、翌日、私の荷物とSさんの荷物があべこべになって配達されるという珍騒動が発生しました。どーやら、ホテルの受付係の人が間違えてラベルを貼ったみたいです。

今回、初めての新潟だったので、Yちゃんと、もう1泊新潟に留まって、どっか観て行こう、と最初考えたのですが、新潟ってどこに行けばいいのかわからなくて困りました。なので、新潟での写真も披露宴以外、撮っていません。
新潟と言えば誰もが開口一番、佐渡島を口にすると思いますが、海に囲まれた佐渡はキャンプ場とか海水浴とか、アウトドア系な場所みたいなので、私たちが立ち寄るような場所ではないな、と判断しました。
「こうなったら、東京にでも出るか」と私は言い出したのですが、Yちゃんが「東京に出るぐらいなら、金沢まで足を伸ばしてみない?」と提案してきたのです。
と、いうわけで、私とYちゃんは9日の10時45分、急行北越に乗り、一路金沢へ。
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by marikzio | 2005-10-13 17:39 | n'importe quio! | Comments(2)

エキブロが携帯で!
先週の金曜日の夜に偶然、気づいたのですが、エキサイト・ブログが携帯でも閲覧できるようになっていました。
関連ページ
このサービスは10月5日から。

最近、京ぽんやauのように携帯でインターネットサイトを閲覧できるモバイル機種が登場していますが、DoCoMoユーザーの私にとっては、まだまだ先の話のようです。(半分本気で、乗り換えようかとも考えました)
なので、エキブロが携帯に対応するようになったのはうれしい。
アドレスはパソコンと同じ、http://marikzio.exblog.jp/でアクセスできます。
小さいけれど、ちゃんと画像も表示されてます。モゴモゴ...、大きい声では言えないのですが画像をクリックすると、ダウンロードできます。n'importe quoi!に登場した、あのセクシー・イケメン達もあなたの携帯の待ち受け画面にすることができます。
ただ、本文やメモ帳の中のリンクが無効になっているのは不便ですね。お気に入りブログのリンクも表示されてないし。
エキサイトブログのtopページに行くと、検索や新着ブログの記事を読むことはできるので、お出かけ先で暇つぶしにいろんな方々の日記を読んで見るのもいかがでしょうか?
と、いうわけで、marikzinoのn'importe quoi!もあなたの行楽のお供にしていただけたら、幸いです。


/////話題変わりますが.../////
2週間くらい前、不思議な夢を見ました。
NY旅行をしているはずの自分が突然、大きな神社がたくさん点在している純和風な町並みに迷い込みました。
京都ではないのですが、いかにも古めかしい歴史のある佇まいに、「どこだかわからないけれど、ここはきっと有名な観光地に違いない。」と感じました。
迷子になった私は何とか、知っている場所に出ようと必死に歩きまわるのですが、何故か大きな日本家屋の中にずんずん入って行って、出口もわからず立ち往生してしまうのはちょっと怖かったです。カラーのついた夢なんですが、全体的にトーンが暗くて、美しい色合いでした。

「いきなり、こんな神社の夢なんか見て、なんか良くないことが起こる暗示なのかしら?」とも思ったのですが、その1週間後に、突然金沢に行くことになりました。
ある意味、予知夢だったのでしょうか?
10月の3連休を利用して、初めて北陸(新潟・金沢)に行って来ました。ほんと遠かったです。
旅の疲れがまだ残っているので、今日はこのへんで。
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by marikzio | 2005-10-11 13:57 | Comments(0)


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