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『パリ 愛してるぜ~ 男一匹パリ暮らし 』 じゃんぽ~る西
※ 何と!このコミック、アニメ化され、公開されることになってたそうです!!
この記事を投稿した次の日にアニメの情報が出てたので、すごいシンクロ。
ご興味ある方は是非、お出かけださいな。(9月16日記)


短編アニメ作品「パリ番外区」

私には珍しく、漫画本のレビューです。
フランスとフランスの漫画に憧れ、単身で海を渡り、花の都巴里に移住した男性のサバイバルエッセイ。日本人、いや世界中の人間が勝手にイメージする優美で夢のような世界のパリ。しかし、その実態とは...。
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家賃が一番安いと言うことで、アパルトマン最上階の屋根裏部屋に住み(古いのでエレベーターはなし)、オペラ座近くのデパート地下の日本食材店で働き始めた著者。日本語ペラペラのジャパ専(日本女性ばかり相手にするフランス男性)とお友達になったり、ゲイで親日家のパトちゃんとカフェで待ち合わせしたら、そのカフェがおゲイな方々専門の出会い系スポットだったり、どうしようもない女たらしだが、モデルのような超美形で太陽のような匂いがするイタリア男ジュリオなど多彩な登場人物とのエピソードを絡め、作者独自の視点でパリのあんなとこ、フランス人達のこんなとこなどを綴っています。もちろん漫画で。

そのうちのいくつかとして...。

・窓のカーテンを全開にして、外から部屋が丸見えでも気にしないフランス人達。外では挨拶してくれるのに、窓で目が合っても、目を逸らしてそこにいなかったことにしてしまう。何故?

・パリ女性は短気でキレやすい。

・キャミソールやタンクトップからブラの紐が見えても全然気にしないパリジェンヌ。

・フランス人女性は若かろうがオバちゃんだろうが、オバアちゃんだろうが、鎖骨下から谷間の始まりにかかる平たい部分を全面的に開いた服装をしている。(私もフランスに行った時、ニュースの女性アナウンサーが谷間の始まりどころか、谷間の途中が見えているシャツを着ていて、驚いたことがある)
日本では、胸元が大きく開いた服を着るのはごく一部の若い女性に限られているため、在日フランス男性は、とっても寂しい思いをしているのだ。

フランスと言えば、何と言ってもビズ。
挨拶の度に、お互いの頬に代わる代わるチュッチュッとやるアレですが、著者が実際に実践することになって、実はホッペに唇を直につけているのではなく、「チュッ」と音を立てているだけのエアキスだということに気づきます。しかし、そのサウンドを出すのが下手だとフランス人の友人に指摘され、ビス音を一人で練習するところなんて、笑えるんだけど、もし自分も同じような境遇になったら密かに練習してるかも、と思えてしまう。だけど、日本には決してないビスの習慣にハマってしまい、同じ境遇の日本人男性とまで往復ビスする始末。フランス人でも男同士は握手というのが一般的だから男同士が、しかも日本人同士でビスしまくる、という異様さに当時は自覚していなかったそうです。

そして、そして、パリと言えば、やはり恋。
漫画イベントで知り合った、可憐なパリジェンヌのファビエンヌちゃん。彼女は日本の漫画ファンで、自分でもプロをめざしている。ビビビと来た作者は、彼女からメアドをメモしてもらうが、フランス人特有の癖字で何書いてるんだかわからない(涙)。しかし、地元の友人に何とか解読してもらい、ファビエンヌちゃんと連絡を取り合うことに。彼女から「日本のオニギリが食べてみたい」という要望に応えるべく、日本の母親に電話して、作り方を確認したり、食材選びに奔走したりするエピソードが涙ぐましいです。
会う度に彼女への思いが募って行き、友人にあれこれ相談した後、意を決して、ファビエンヌちゃんに「I love you...」と伝える著者。しかし、彼女にはすでに彼氏が。そして、更にショックなことに、フランス人には「告白する」という概念がないんだよ、と日系フランス人に教えてもらうことになります。『告白』というステップなしで、フランス人達は一体どうやって恋愛を始めるのか?
フランス人の恋愛は「はじめまして」がキスで、「こんにちは」がセックスなのよ、と語る在仏歴の長い日本人の女の子が登場したり、やはり『amourの国、フランス』は映画の中のお話だけではないのでしょうね...。

ネットで誰もが気軽にブログを開設したり、SNSを通じて情報交換できる現代。当然、海外在住者によるサイトも多く、パリやNYなど、世界的に経済やファッションの中心で格好いいイメージが強い大都市も、いやなに、住んで見れば意外に雑然として、オタクとか変わった人も多いよ、ということなんかが伝わってくるようになりました。なので、こういう視点は今更そんなに珍しくもないのですが、コミックとして、そして男性目線から描かれているのは、やはり鮮度が高いでしょう。

私はこのコミック本の存在をジーニーさんのブログで紹介されているのを見て知りました。
ジーニーさんのレビューも読んでみてくださいな。

ジーニーの助けてエンジェル 『パリ 愛してるぜ~』

そして、フランス語のPodcast番組「Chocolat」でも紹介され、ボブさんからじゃんぽ~るさんご本人がインタビューを受けているのを聴くことができます。

Chocolat! 「パリ、愛してるぜ~」et ギョーム

じゃんぽ~る西さんが、フランスに滞在されていたのはわずか1年ほどだったそうですが、これをきっかけにフランスと縁ができ、何度か取材旅行に出かけて行ったり、フランス人が運営するサイトで、日本で起こっている現象を紹介する『Live Japon』で4コマ漫画を執筆されています。

Live Japon

そして、これはご本人のブログ。
やっぱり、漫画家さんなんだな~。人物観察が鋭くて捻りが効いてます。

つつじヶ丘通信

じゃんぽ~るさんは、『パリ 愛してるぜ~』の前に『パリの迷い方』という著書を出されてるんですが、これはもう絶版のようで入手困難。マーケットプレイスで高値がついてます。でも、いつか読みたいな。



パリ 愛してるぜ~ 男一匹パリ暮らし

じゃんぽ~る西 / 飛鳥新社


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by marikzio | 2011-09-15 10:55 | Book | Comments(0)

レオポルド・フォン・ザッハー=マゾッホ =『魂を漁る女』藤川芳朗 訳 
もう、かなり、かなーり前に、こんな投稿をしてたんですよね。

過去記事 L.v.S=マゾッホ 『魂を漁る女』

「オーストリアの作家、レオポルド・フォン・ザッハー=マゾッホ の本を買ったので、これから読むところでーす♪」という趣旨の書き込みだったのですが、その本のレビューというか、その後の経過が報告されないままに、どっか行っちゃってました。
いえね、本を開くことは開いて、途中までは読んでたんですよー。決してつまらなかったわけではないんですが、読みかけのまま、放置されちゃって、月日が流れてたんですよねぇ。
今年に入ってから私は、お風呂で本を読むのが習慣になってまして、毎晩10分〜15分程度の読書タイムで、何冊か読破してるんですが、忘れかけていたマゾッホさんの『魂を漁る女』をついにこの間読了いたしました!
そしたら、ああた。これが面白いのなんのって。止められないとまらない、かっぱえびせん状態。これを読みかけのまま、3年も放ったらかしにしてたなんて、

てめぇの馬鹿さ加減にゃあ、
父ちゃん、情けなくて、涙出てくらぁ!


ぐらいの衝撃!!!
....って、言うのはちょっとばかり大袈裟ではありますが、晴れて読了したと言うことで、3年越しのレビューを書いてみたいと思います。

魂を漁る女

レオポルド・フォン・ザッハー=マゾッホ / 中央公論新社



舞台は19世紀の古都キエフとその周辺。
若き士官、ツェジム・ヤデフスキが休暇を利用して、勤務地キエフからほど近い領地に住む母の元へ帰郷するところから物語が始まります。
家路へと急ぐ森の中で、彼は不吉な断末魔のような叫び声を聞き、川の向こうで白い衣を着た不審な人々の影を目にしますが、彼らの正体を突き止めることは出来ませんでした。
故郷には母とは別にもう一人会いたかった人物がいました。ツェジムの幼馴染みであるドラゴミラ。子供の頃は毎日のように一緒に遊び、自分のお嫁さんになると言っていた彼女はきっと美しい女性になっているに違いない。
しかし、ツェジムと再会を果たしたドラゴミラは彼が夢に思い描いていたような女性像とは少し違っていました。彼女は母親とともに異端信仰にのめり込んでいて、世捨て人のような隠遁生活を送っていたのです。尼僧のような地味で簡素な身なりをして、納骨堂のように冷え冷えとしたお屋敷で母と二人、ひっそりと生きているドラゴミラ。心臓が大理石でできているかのように淡々として、感情のこもらない顔と声で彼女はいまや美青年に成長したツェジムを迎えるのです。
しかし、百年の恋は冷めるどころか、ますます火に油を注がれるようにツェジムの情熱は燃え上がります。ドラゴミラはすらりとした長身で、稀に見る美貌の女性へと変貌を遂げており、修道女のように質素な衣服には不似合いな、生命力に溢れた見事な体つきをしていました。
ツェジムは幼馴染みのよそよそしい態度と厭世的な生活ぶりに戸惑うものの、ドラゴミラの高貴な美しさに心を打たれ、自分も今や自信に満ちた一人前の男でありことも手伝って、熱烈に求愛します。
しかし、ドラゴミラは信仰に身を捧げたために、女が望むようなことを全て諦めたのだ、とツェジムの愛を頑なに退けるのです。
「君は僕のためにこの世に生まれて来たんだ。僕の妻になって欲しい。」
「お願いだから、私を愛さないで」
「他に愛している人がいるんだね。はっきりそう言ってくれたら。」
「いいえ、誰の妻にもならないわ。そして、私はあなたを愛してはいません。そして、あなたは私があなたを愛していないことを神に感謝するでしょう。」

しかし、そんなドラゴミラに思いがけない転機が訪れます。
彼女の教団の指導者アポストルから、「今すぐキエフに行け」と命じられるのです。目的はキエフにいるソルテュク伯爵に近づき、改心させること。あるいは、生け贄として神に捧げるのです。彼女は荒野の贖罪者のように、その存在を消すべくしてひっそりと生きる生活から一転、キエフの華やかな上流階級世界に入り込むことを命じられました。
「向こうに行ったら、一人でも頼れる誰かがいた方がいい。お前に夢中になっているあの若者に希望を持たせて、味方につけておけ」というアポストルの言葉に従い、ドラゴミラは「キエフに住む年老いた伯母の世話をしなければいけないことになった」と言う口実を作り、自分も一緒にキエフまで連れて行って欲しい、とツェジムに頼みます。その上、「私には知らない土地で自分を守って下さる男の方が必要なの。私のための騎士役になって」とまで言われ、ツェジムはすっかり有頂天。ほら、未来にはまだ、希望が残されてるじゃないか!
夢見心地のツェジムと心に暗い画策を抱くドラゴミラ。二人がキエフへ向かう途中、日がとっぷり更けた、暗い森の中の沼地の向こうで、赤い亡霊のように浮かび上がる鬼火が見えました。不吉な輝きを放つ、その暗い灯火はこちらに向かって手招きしているように見えます。
「あれはまさに私の姿。私もあれと同じ鬼火なの。だから、私の後を追わないで。たとえ、私が手招きしても絶対に駄目。泥沼にはまり、身を滅ぼすことになるわ。」

ところが、ところが。
それから数日も経たないうちに、ツェジムは別の女性に心を奪われてしまうのです。
母の友人のオギンスカ夫人の娘、アニッタ。まだ10代かそこらの天真爛漫な美少女とツェジム青年は、出会った瞬間にお互いが一目惚れ。「私を愛してはダメ」とか言う高慢ちきなドラミゴラのことなんか、一瞬にして飛んでしまいます。
おいおい、ツェジムっ!あれだけ情熱的に、しつこくドラゴミラを口説いておきながら、この変わり身の早さって、一体...。
しかし、一目惚れ人間がもう一人登場。キエフで一番の権力者であるソルテュク伯爵。彼は偶然にアニッタちゃんを見かけた瞬間に、その愛らしさに惚れ込んでしまうのです。
よりによって、悪名高きソルテュク伯爵!!!これまた稀に見る美男子で大金持ちなのですが、暴君ネロのような性格と素行に加え、女癖が悪くて有名な人物だったのです。「娘たちや若い人妻はみんなソルテュク伯爵には気をつけろ」と言う言葉があちこちで聞かれるほどの道楽男。そう、この彼こそが、まさにドラゴミラが狙う人物でもあったのですが。
節操がないうえに、蛇並みの執念深さを併せ持つ伯爵は連日、アニッタちゃんの家に通いつめます。ろくでなしで知られるソルテュク伯爵ですが、なんてったって伯爵夫人ともなれば、一生面白可笑しく暮らせることが保証されたも同然なので、アニッタの両親は万々歳。でも、アニッタは、この男に邪悪な何かを感じて、二人っきりになるのが不安でたまりません。それに、彼女には将来を誓い合った人が既にいるのです。ソルテュク伯爵と無理矢理結婚させられる羽目になる前に、愛するツェジムと一緒になってしまおう。
若き恋人達は逃避行を企てようとしましたが、二人の恋はあっさり破局。今すぐにでも駆け落ちしようと持ちかけるツェジムに、「やっぱり、大事に育ててくれたパパとママを裏切れない。もう少し待って」と尻込みしたアニッタに彼はカッとなって、「じゃあ、僕達はもう終わりだ!」と口走ってしまったのです。気の短い男よのぅ。

ツェジムとオギンスカ家のご令嬢が恋に落ち、あっという間に別れてしまった、という噂がドラゴミラの耳に入り、彼女は思いがけなく動揺してしまうのです。あれだけ、自分に熱を上げていたはずの幼馴染みが、こうもあっさりと他の女性に心を移してしまった。大理石で出来ていたはずの心臓が、初めて締め付けられるように疼き、ドラゴミラはツェジムを愛していたことに気づくのです。
傷心のツェジムは久々にドラゴミラの元へ。(こいつも節操なしだな)
やはり自分の愛する女性はドラゴミラしかいない、と彼は確信し、アニッタの存在で女としての感情が目覚めてしまったドラゴミラもツェジムを受け入れる方向へと向かいます。でも、彼女はまだ躊躇っていました。ツェジムと愛し合うことが自分にとって何を意味するか、それを考えると、身震いするほど恐ろしいことだったから。自分は信仰を捨てることが出来ない。ツェジムと結婚したら、いつかは、彼を神に捧げなければならないからなのです。愛する男をそんなことに巻き込みたくはない。だから、彼女は冷淡にも彼の求愛を撥ね付けていたのです。

やがてキエフには謎の殺人事件が連続して発生します。どうやら、闇で暗躍する宗教団体 <<天の寄進者>> による宗教殺人なのでは?という噂が持ち上がります。
そして、それと同時に、謎の貴婦人、ドラゴミラ・マルーティン嬢の存在がキエフの上流階級者の間で話題になり、ほどなくして、彼女は社交界デビューを果たし、ついにソルテュク伯爵の前に登場。
「この女こそ自分の同士だ」と見抜いた伯爵。「この男をたぶらかすのは容易い」と踏んだドラゴミラ。魂の根底で同じ闇の部分を持つ一組のソウルメイト達の視線が交差する。
アニッタからドラゴミラへ。ソルテュクの熱烈な求愛が始まり、ドラゴミラは獲物の周りに蜘蛛の巣を張り巡らすようにして、ソルテュクの心を絡めとって行く。私はこんな馬鹿オトコなど愛するようにはならない、と髙を括りながら。

これ、登場人物が美形揃いに加え、豪奢な邸宅、趣向を凝らした絢爛たる饗宴、闇の宗教団体による残虐な拷問や殺戮場面など視覚に訴える描写が目白押しです。特に女主人公が質素な尼僧姿から男装の麗人、スルタンの妃やエカテリーナの扮装、妖艶な毛皮姿でソルテュクを誘惑、などのドラゴミラ七変化。これは映像化したら、さぞかし目を楽しませてくれるでしょう。ストーリー展開もテンポ良く、文学というよりはエンターティメントに徹した作品。むしろ、あからさまなサービス過剰ぶりに辟易した程です。この読者サービスは貧困に窮していた著者が少しでも売れるように、あれもこれも、とてんこ盛りにしたせいかも知れません。次々と繰り返される拷問や殺人シーンもホラー風味であるし、ザッフェル・マゾッホと言えば、マルキ・ド・サドがサディズムの語源となったように、マゾヒズムの起源と言われている作家さんですから、毛皮や鞭、女の前で男が跪いたり、首を踏みつけられるお約束シーンもバッチリ。また、アニッタの親友ヘンリカがドラゴミラに魅せられ、彼女の婢女になる、というレズビアンっぽい要素もあります。今まで映画化されてないのが不思議なくらいです。

でも、私が一番興味深いと思ったのはドラゴミラとソルテュク伯爵の宿命ともいうべき関係です。ヒロイン、ドラゴミラに対し、男主人公はツェジムだと思っていましたが、かなり後半になって男主人公は、実はソルテュク伯爵だということが明らかになります。ツェジムもアニッタちゃんも、ドラゴミラとソルテュクの存在を引き立たせる添え物でしかなかったのですね。
ずっと難攻不落だと思われていたドラゴミラですが、ソルテュクに「あなたの手が血で汚れていることを知って、ますます惹かれてしまった。私とあなたには神と世界に反逆する血が流れている者同士なのです」と言われ、魂の奥底から揺さぶられてしまいます。これは初めて自分の中に流れる激しい感情でした。ソルテュクに荒々しく抱き寄せられ、思わず恍惚としてしまうドラゴミラ。その場で彼のプロポーズさえも承諾してしまう。もちろん、腹の底では、ソルテュクを神に捧げる生け贄として捕らえるための計画ずくの結婚でしたが、数分前との自分とは別人になっていました。
ドラゴミラはソルテュクを愛してしまいますが、愛したからと言って、彼の命を助けようとは思わない。淡々と最初の特命通り、罪深きソルテュク伯爵の魂を救うため、祭壇の前でその息の根を止めることを実行するのです。
夢のように甘美な新婚生活から一転、<<天の寄進者>>の教祖アポストルの前で悪夢のような拷問にかけられ、いきなり死を宣告されるソルテュク。命乞いをするも、助かる見込みはないことを覚悟した彼は愛する妻に「私をほかの者に渡さないでくれ。君の手で殺して欲しい」と頼むのです。
生け贄として屠られるための儀式に向け、香料の入った風呂で体を洗われ、白装束と薔薇の冠姿になったソルテュクを前にしたドラゴミラ、「あなたはなんて美しいの!」と呟く場面、結構好きです。私って、変でしょうか?(汗)

作者のザッフェル・マゾッホさん、元々マゾ作家ではなく、歴史文学でドイツ語圏で評価されていたようですが、スラブ人やユダヤ人の世界に傾倒したり、プロイセンに批判的な作品を書いたことから同国人に忌み嫌われ、無視されるようになったらしいです。生活のために書いた通俗的な小説で有名になってしまい、そっち系のイメージで語られるようになったのは何とも皮肉な限り。まさに悲劇の作家ですね。ドイツ語圏ではほとんど黙殺状態でしたが、フランスでは評価が高く、ドイツ語系作家としては一番知名度が高かったそうです。
『魂を漁る女』もフランス人好みだと思うので、是非ともおフランスで映画化して欲しいっす。もちろんエロティシズムたっぷりに。ドラゴミラ役は誰がいいかなぁ?
エロティシズムと言えば、小説の中では案外淡泊なんですよ。性描写が。なんか遠慮して書かれているというか、控えめなんですな。この手の作風だったら、もっと官能的でもいいと思います。なので、もし映画化するなら、もっとエロエロに期待!
これ、大河小説ばりの長編作です。一大スペクタクルです。
何で、途中まで読んでおきながら、何年も放置していたのかって?
それはアニッタにメロメロになったツェジムが少女たちに囲まれて鬼ごっこだの隠れんぼだのしてるシーンがあまりにアホくさくて、前に進む気が失せたからなのです...。
これもマゾッホさんの趣味なのかしら?いや、男の夢??
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by marikzio | 2010-06-17 15:50 | Book | Comments(0)

『世界最速でアミーゴができる!スペイン語入門―柔らかくて毛深いスペイン語の本』 ブルーシャ西村 
ジュエリー制作に絵画に写真に執筆に音楽。現在NYを拠点にマルチな活動をしているアーティスト、ブルーシャ西村さん。その上、絵画留学のため、6年間滞在したスペインで、スペイン語最上級レベル・ディプロマ(スペイン語教師資格)まで取得しているという、西語のエキスパートであります。
日本における第2外国語として、まだ馴染みの薄いスペイン語。しかし、世界におけるスペイン語圏はかなり広範囲を占めていて、「スペイン語が話せるって、実はかなり美味しいわよ~。アミーゴって、ほんとにオープンで人懐こい奴らばっかりだから、世界変わるわよ~」とばかりに、スペインとスペイン語の魅力をこれでもかっ、とばかりにてんこ盛りにした1冊なのです。

世界最速でアミーゴができる!スペイン語入門―柔らかくて毛深いスペイン語の本 (CDブック)

ブルーシャ西村 / 国際語学社



「おフランス命(?)のはずのmarikzioが、なんでいきなりスペイン語なのか?」と不思議に思われる方も多いと思います。ほんとに。
自分にとって、スペイン語に触れることと言えば、ペドロ・アルモドバルの映画を観る時とか、ペネロペ・クルスはスペイン美女だよなー、とかイタリアの歌手、Tiziano Ferro のスペイン語バージョンを聴く時ぐらいか。
母に「アンタって、何でいつもマイペースというか時間にルーズなのっ?」と言われて、「そう、私、前世がスペイン人かも知れない」とマヌケなことを口走ったことがあります。
あっ、Tiziのスペイン語バージョンと言えば、彼の母国語イタリア語バージョンの方が自然体で響きが美しいのは当然なのですが、スペイン語となると、これがちょっと力強くなって、少しねちっこくなって、何とも卑猥な感じになるなーと思ってました。でも、気のせいだろ、と考えてたんですが、miharuさん曰く、「イタリア語は女性が話すとかっこいい言語、スペイン語は男の人が喋るとかっこいい言語なんですよ」ということだったので、Tiziのスペイン語がいやらしい、いや魅力的に聞こえるのにはちゃんと理由があったんだーと納得したわけです。

大学時代の第2外国語として選択したドイツ語を途中で講義を受けるのをやめ、何年も経ってから、パリ旅行したのをきっかけに無性にフランス語をやりたくなって、文法書と辞書を買い全くの独学でフランス語をスタートさせ、何度も仏検2級を受けては落ちる、を繰り返している私。語学マニアじゃないけど、他の言語に全然興味がないわけじゃない。じゃあ、他にもう一つ、としたら何語がいいかなぁ?
じ、実はTiziano Ferroの影響で、イタリア語の文法書を買ってみたことはあるのですが、amazonから家に届いたその日に開いてみたっきり、再び紐解かれることなく、押し入れの中で眠り続けているイタリア語文法書。
「イタリア語を勉強するくらいなら、スペイン語よね。だって、イタリア語はイタリアしか通じないのよ」と言う人がいて、なるほどな、と思った。(イタリア語学習者の方、ごめんなさい)
ううむ、フランス語とスペイン語が話せるようになったら、英語だけペラペラの人より強いかも知れない(それはさすがにナイ)と、自分の能力をはるかに超えたことを妄想しつつも、やはり手が出せないでいました。
何故なら、フランス語を始めとするラテン系言語は英語と違い主語の種類によって動詞の活用形が何パターンも変化するので、それを理解し慣れるのに、それはそれはそれは苦しい思いをしたからです。もちろん、その苦行も、未知の世界を切り開くことに繋がる登山のようなもので楽しくもあったのですが、再び、それを一から始めたいとはさすがに思えなかったのです。

ところが、その垣根をバーン!と取り払って、「スペイン語は“私”(Yo)と“君”(T'u)だけでも、ちゃんと通用しますよ。まずはそこから始めましょ。」と超初心者を優しく導いてくれてるのがこの本なのです。
この本に登場するのは、観光客として、バルセロナにやって来た日本人女子大生ERIとマヨルカ島出身のスペイン人、PEDRO。この二人が街で出会い、一緒にご飯を食べながら、仲良しになって行くというストーリー。舞台にはカフェや地元レストラン、市場などが次々現れ、臨場感たっぷり。
初心者向け教則本にありがちな紋切り型のフレーズや短調な会話文と違い、本文は中級者レベルでは?と思うようなフレーズが続出でなかなか手強いです。語学のテキストに出てくる表現って、実は現地ではあまり一般的に使われていないものがあって、ネイティブにとってはどこかちぐはぐな場合もあるのですが、この本にあるフレーズはどれも現地で使われている、実用的なものばかり。著者のスペイン人のお友達にもちゃんとチェック入れてもらってるので、その点はお墨付きなのだそうです。

私がこの本を手にしようと思った点は、
1 "柔らかくて毛深い"と言うフレーズに惹かれた。
2 複雑な文法のハードルを下げて、誰でも気軽にスペイン語の世界に入れそうだった。
3 スペインに関するコラムやエピソードなど読み物がたくさん。
4 今までありそうでなかった正統派のスペイン語(カステリャーノ)の教本である。日本で出版されているスペイン語関連の本は実は、南米のスペイン語がほとんどなのだそうです。
5 会話の中身がリアルで濃い。
6 何てったって、「世界最速でアミーゴができる!」から!

この本を開いてみて、自分が最初、戸惑った点は「ほんとに私”(Yo)と“君”(T'u)だけでいいの?」ということでした。だって、年上の人とか、そんなに親しくない人に対して"君"って、失礼じゃないの?フランス語だったら、まずは"vous"(あなた)で、"tu"(君)は、ある程度親しくなって、「そろそろ"tutoyait"しませんか」と呼びかけがあってから、使われるものなのに。
...と思ったら、スペイン語では、"usted"は医者や習い事の先生に対して使われる二人称で、それ以外はみんな、"T'u"で呼ばれる、と書いてあり、さすがスペイン人はここからして大らかさが違う、と驚かされました。

この書籍のもう一つの目玉が、付属CD。正統派カステリャーノの教本であるからには、南米系スペイン語でもなく、地方の訛ったスペイン語でもなく、都会育ちで混じり気なしのきれいなカステリャーノを話す人でなくてはなりません。在日でそんな人はとても希有な存在。そもそも、そんな人がいるのか?という状況の中で奇跡的に現れたのが、NHKラジオ「まいにちスペイン語」に出演していたアルベルト酒井さん。そして、ERI役に著者ご本人であるブルーシャさん、という組み合わせで録音が実現されました。スペイン語学習者の間では、アルベルト酒井さんは「おお!」という存在らしく、この録音はほんとに凄いことみたいです。
初めて耳にするアルベルトさんのカステリャーノ、想像してたよりフラットというか声の抑揚が少ない気がしました。何と言いましょうか、とっても上品で紳士的。自分が勝手に抱いていた「卑猥に聞こえるスペイン語」のイメージとは違います。クイーンズ・イングリッシュのスペイン語版と言うのかな。相手役のブルーシャさんの声は、ほんわかして親しみやすい声だと思いました。二人ともゆっくりめで、初心者が聴きやすいように話してますね。
 
ERIがPEDRO宅に招待され、彼の友人達に会い乾杯するところで、この本は終わっています。ひょっとして、この続きがあるのでしょうか?次作の企画もすでにあるようですし。
次回作が楽しみですね♪

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この本をみっちりやったら、愛しのTizianoとスペイン語会話できるようになるかすら?
(おい、amigoはいいのか?)


Bruxia Nishimura's Website
ブルーシャ西村 Official Blog
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by marikzio | 2010-05-17 15:04 | Book | Comments(2)

A.ピエール・ド・マンディアルグ 『オートバイ』生田耕作=訳
こんなステキな薔薇カバーで来るのをちょっと楽しみにしてたんですが....。
いざ開けてみたら、白水Uブックスお馴染みの、例の、子供の落書きみたいな鬼顔デッサン(パブロ・ピカソ作)でガックリ。まぁ、中古本だったので、しょうがないですね。

オートバイ (白水Uブックス (54))

A.ピエール・ド・マンディアルグ / 白水社



フランス文学の中で、ちょっと特異な存在だったマンディアルグの名を一躍ポピュラーにした大衆向け作品『オートバイ』。
これは1968年に映画化されていたことも過去記事に触れていました。

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「La motocyclette」のマリアンヌ・フェイスフル

ヒロインは19歳の新妻、レベッカ。夫レーモンは町の高校教師。
ある早朝、夫の横で目覚めたレベッカは夢うつつのまま、気づかれないようにそっとベッドから抜け出します。抜き足差し足でクローゼットのある部屋へ向かい、戸棚から取り出したのは黒いレーサー服。薄暮の中、物置小屋の中で彼女を待ち受けていたのは、最新型で最高速度の大型ハーレーダビッドソン。まだ眠りから醒めきれず静まりかえった町で大爆音を轟かせ、レベッカは出発します。
アグノーから国境を越え、ハイデルベルグへ。黒革スーツの下は素肌。所持金も持たないまま、女は高速道路を飛ばし、ある男のもとへと向かいます。
ダニエルはレベッカの年齢の倍以上年上の四十がらみの中年男。結婚してからも、レベッカはレーモンの不在を狙って、ダニエルに会いに行っていました。
<<レーモンのそばであたしの暮らしは石みたいだ>>
レベッカのパッションが炸裂するのはマシンをぶっとばして、風を、地面から突きあげる振動を感じる時。道路ではパッと見レベッカを女性だと気づく者はほとんどいません。みんな大型のダビッドソンに見とれ、敬意を払い、道を譲ってくれる。レベッカはそれが痛快でしかたがない。彼女にバイクの魅力、運転技術を教えてくれたのはダニエルでした。
レーモンは真面目だけが取り柄の退屈な青年。高校生は彼の授業中に、平然とピクニックの真似事をして騒いでいる始末。生徒からの苛めがひどくて、町から町へと渡り歩いて来ました。そんな旦那さんだから、うら若き女に不釣り合いなダビッドソンや皮のレーサー服を見ても、妻に何も言えない。なんで、そんな不適格教師の妻に自分はなろうと思ったのか?それはレベッカ本人にもわからない。
ただ一つ、言えるのはレーモンは限りなく自分を自由に束縛しないでいてくれることがありがたい、と言うこと。そして、ダニエルは自分を徹底的に服従させ、用済みになったら、あっさりと手の平を返すように解放してくれること。放任と服従。この両極端な状態におかれることにレベッカは取り憑かれているのです。

出発してから通りや高速道路を走り抜ける描写が延々と続きます。
燃料を満タンにしようとガソリン・スタンドに立ち寄ったものの、財布も持って来ていないことに気づいたレベッカは、自分の夫に払ってもらうようツケを頼むことや、早過ぎる時間帯のため、目的地に着く前にベンチで時間を潰すこと(時計も持って来ていなかったので時間調整に困った)、税関で係員の男にからかわれることなど、いろいろなことがあります。
「いつになったらダニエルは登場するのか?」と思って読んでいたら、ようやくレベッカが彼の山荘風の家に到着。ダニエルはバルコニーで椅子に座ったままで女を迎えます。レベッカの皮スーツのジッパーに手をかけ、下ろすところで、ベンチの上で目を覚ますレベッカ。なんだ回想シーンだったんかい。
ダニエルとの関係が始まったのは、結婚直前にヴァカンスで行ったスキー場での夜のこと。近い未来の夫レーモンとレベッカの友人カトリーヌ、そして2人の男友達はホテルのバーでお酒を飲んで大騒ぎした後(当然、レーモンはその中で浮いていた)、カトリーヌとレベッカは各自部屋へ。
レベッカは不用心にもいつもの習慣で部屋の窓を全開にし、ドアに鍵もかけずに就寝。しばらくして、部屋に入ってくる誰かがいて、レーモンだとばかり思っていた彼女はその相手が自分の体に触り始めたのに、「あの鈍くさいレーモンにもこんな大胆な一面がっ!」と驚くのです。暗がりの中、レベッカは手を伸ばし相手の髪に触れますが、その時、相手の頭頂部が薄くなっていることに気づき、ハッとします。27歳のレーモンはまだハゲではありません。

こっ、このハゲはあいつに違いない! 

...なんて発言をレベッカはしてませんが、とにかく彼女はこの瞬間に、この寝取り男が誰であるかを悟ったのです。これは、父が経営している本屋のお得意客であるダニエル・リオナール以外に考えられない。店にレベッカが居合わせた時は、店主の目を盗んで物陰でその娘に触りまくるスケベ男。そのダニエルらしき男がホテルのバーにいるのを目にしていたレベッカ(ストーカーかよっ)。抵抗しようにも時すでに遅し。第一、抵抗しようとも思わなかった、って、おいおい(汗)。
文学作品だから、読めちゃってるけど、これ実際の事件だったら非常に気持ち悪いエピソードですよねぇ。まぁ、どこかにありそうな話ですけども。映画では、このダニエルのおっさんの役がアラン・ドロンだったのがせめてもの救い。ドロン扮するダニエル氏は甘いマスクでちょっとエッチなプレイ・ボーイ(女の子の夢?)って言うキャラ設定のようですが、原作の中のハゲで毛深いダニエルは、読書好きの哲学者肌、それでいてバイク大好きのワイルドおやじで、しかも絶●(あら、いやん)、ってところでしょうか?
とっ、とにかくレベッカはこのダニエルからいろんな哲学を吹き込まれたり、バイク教えてもらったり、縛られて調教されたり、めくるめくような時間を共有するわけです。しかし、レベッカが結婚した時とほぼ同時にダニエルは隣国ドイツに移住することを決めてしまう。もう滅多なことでは会えないわけです。
ところが、そんな新婚花嫁のもとに1台の大型で最新モデルのダビッドソンが届けられました。送り主はもちろんダニエル。そう、これはまさに愛人からの花嫁道具なのです。

アグノーからハイデルベルグって、そんなに遠くはないのでしょうね。
作中、レベッカが頻繁に何度も「まだ着くには早すぎる」って、時間を稼ぐのに苦労していますから。時間潰しの為に立ち寄ったカフェで桜桃酒を何杯もおかわりし(お金がなかったのでは?飲酒運転はまずいのでは?)、その間ダニエルとの濡れ場を思い出し、白昼夢に耽るのです。
って、私がこんな風に書くと、まさに身もフタもないような作品ですが、マンディアルグはフランスを代表する一流の文学者ですから、ヒロインの心理とか情景描写とか見事です。道路事情も非常に細かくリアルに書かれてるので、ご本人は何度も行き来していたのかも知れませんね。とにかく、この作品の最大の魅力は全編に漂う香り高いエロさです(キモイと言いましたが、やっぱりいいですよ)。読んでるだけで映像が浮かんで来るような、それだけスタイリッシュな作品。
しかも、このレベッカちゃん、結局ダニエルさんのところにたどり着けないままで終わってしまうのですよ。映画はまだ見たことないんですけど、You Tubeでラストシーンを見てしまいました。衝撃的です。
『あの胸にもういちど』も観たいけど、現代版としてリメイクもして欲しいんですよねぇ。
そしたら、配役は誰がいいかなぁ?
私的にはダニエルはもうちょっと土臭くてもいいと思います。
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by marikzio | 2010-03-19 21:17 | Book | Comments(2)

クリストフ・オノレさんの子供向け小説
フランスの映画監督として日本でも知られているChristophe Honoreさん。
監督業の他に、批評家、作家、脚本家として幅広く活躍されているそうなのですが、執筆活動として、青少年向けの小説を多数発表しているそうです。

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情報元 Chocolat 美術館カフェ et クリストフ・オノレ

しかし、彼の作品は子供向けと言えども、エイズや自殺、同性愛や近親相姦などがテーマとして扱われたりするため、子供向けではない、と教師などから非難されているのだとか。
ショコラの中では、「子供向けの本だからこそ、フランス語を学習中の日本人がとっつきやすいのでは?」と提案しています。
ハイ、私ももの凄く気になります。ついでに、一緒に紹介されていた、国立新美術館の中にあるサロン・ド・テも激しく気にナッテマ~ス。

オノレ映画と言えば、私も過去記事で彼の作品レビューを書いてます。

b0069502_10102337.jpg-ma mere- by Christohe Honore 『ママン』

フランスの異端文学者、ジョルジュ・バタイユ原作の問題作。
主人公の青年ピエールが全世界の女性の中で最も崇拝するのは母親エレーヌ。しかし、エレーヌには息子が知らなかった裏の顔があり、父の死をきっかけに、母はその本性を露わにしていく、というストーリー。
「私はふしだらで不道徳な女。私を本当に愛してるのなら、そのふしだらさも愛することね。」
と息子に向かって言い放つ母親役のイザベル・ユペールのかっこよさに痺れました。


-Dans Paris- by Christophe Honoré
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日本未公開作品だったので、フランス盤DVDを購入。当然字幕なしなので、ほとんど意味はわからなかったのですが、全体的に音楽の使い方や映像、そして「いかにもフランス映画~」的洗練された空気感が見事。
字幕なしでも楽しめる作品でした。
「ママン」でも主役を張っていた美男俳優、ルイ・ガレルが本作でも主演。

そして、「La belle personnne」(邦題:美しい人)
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これ、私は未見です。今年のフランス映画祭の出品作品であり、オノレ監督本人がトークショーにも登場していたのですが、私はスケジュールの関係上観ることができませんでした。ううう...、見たかったよぉ。
この作品にも、ルイ・ガレル君がヒロインを愛してしまう教師役として登場。この人、監督さんのお気に入りなんでせうか?
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どちらかというと、ヒゲ面&ポッチャリしている感のあるオノレさんなんですが、こんなイケメン風味の写真を発見。もうちょっと若い頃のお顔でしょうか?
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ちょ、ちょっと話が横道にそれてしまいましたね。
彼の著作はL'ecole des loisirs 社(フランス大手の出版社)から、Mouche、Neuf、Mediumの各シリーズの中から発表されているそうで、L'ecole des loisirs のウェブサイトには作品の紹介もあります。
ただ、思った以上に著作数が多いです。何を読むかは今の段階ではまだ決められません。
当然、amazon.fr やfnac の通販サイトからも購入できますが、この出版社以外からも出ているようですね。

L'ecole des loisirs

そして、Christophe Honore の公式サイト。

Bienvenue sur le site de Christophe Honore
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by marikzio | 2009-08-10 10:40 | Book | Comments(6)

「アメリカ居すわり一人旅」 群ようこ
「無印良女」シリーズで有名な群ようこさん。
最近では映画『かもめ食堂』の原作小説も書いている群さんですが、ここでご紹介する「アメリカ居すわり一人旅」は当時女子大生だった彼女の人生初の渡航体験を綴った無印エッセイ・アメリカ編。デザイナーをしているさくらおばさんの「うちに泊まればホテル代が浮くから」の一言で、希望を胸に意気揚々と旅だったNY。しかし、そこで彼女を待ち受けていたものは...。
「私は十八歳から二十歳の間、守銭奴と化していた。ニューヨークへ行くためである。」
当時学生だった著者は資金集めのためにアルバイトに明け暮れます。衣服を買うお金すら勿体なくて、弟から取り上げた靴下に穴があくとツギをあて、洗濯物が乾かずに着る物がない時は、勝手に弟のタンスからトレーナーやセーターを持ち出して着るという"年頃の女にあるまじき行為"までやっていた彼女。その心を掻き立てていたのは太平洋の向こうのアメリカ大陸。
アメリカやそこに住む人々のことはテレビや映画の中でしか知らないけれど、彼女の中の米国人男性は人間が出来ていて、ジェントルマンで家事も手伝う。「女は美人がいい」だの「女は家にいればいい」だのいちいち自分の神経を逆撫でするようなことを口にし、ボサボサ頭で道路にカーッと痰を吐くようなどうしようもない日本の男どもとは月とスッポンに違いない。
「アメリカに行けば、きっと何かがある!」できれば、"むこうに住んでいる人と結婚してもう日本には帰らない"を第一目標にしたい。
語学力もほとんどないくせに単身で海を渡る、という大胆不敵なことを決意させたのがさくらおばさんの存在。彼女に身元引き受け人となってもらい、大学の夏休み期間をNYで過ごすのだ。叔母さんが書いた英文とパスポートを手に入国審査の列に並んだ著者でしたが、いきなりそこで「入国許可は出来ないかも」と言われてしまいます。なぜなら「団体ではない個人の女の子の一人旅は男を見つけて結婚してそこに居ついたり、隠れて働いたりするため」許可出来ないことがあるからです。入国許可が降りなければ、強制送還になるという。"強制送還"!?
突如目の前に立ちはだかった巨大な黒い壁。ひたすら異国をめざしてバイトに明け暮れた日々が走馬燈のように彼女の中を駆けめぐる。今までの苦労はなんだったのか???
「ともかくニューヨークに着いたら、身元引き受け人と一緒に入国管理局へ行きなさい」とだけ言い渡されて降り立ったケネディ空港。
周りにいる日本人客はみんなキャッキャッと脳天気に楽しそうだし、ロビーのあちこちで熱い抱擁を交わしている毛唐人。ああ、どいつもこいつもくそ面白くない。
「私を待っているのは名前こそ"さくらちゃん"と言ってかわいらしいが、実は清川虹子のような顔をしたおばさんなのである」(以下、本の中では"さくらおばさん"はタラコ唇からとった"タラコ"に変わっている)
しかし、そこにタラコは現れず、近づいて来たのは謎のハンチング帽の中年男。
「もう、こんなオッサンにナンパされてしまった!」と顔を引きつらせる彼女でしたが、そのジェリー・ルイス似のおじさんが手にしていた紙きれには、オカッパ頭のずんぐりした三等身の女の子が描かれていて、"JAPANESE GIRL"と朱書きされていました。彼はタラコの友人であり、急用で来れなくなった彼女の代理として、著者を迎えに来ていたのでした。
ジェリー・ルイスおじさんの車に乗って、著者は郊外に連れて行かれます。
「もうすぐ君が泊まるモーテルだよ」と告げられ、"モーテル"というワードに日本で言う"連れ込み宿"を連想した著者。
渡米早々、貞操の危機!と思った彼女は、「アイ・ドント・ライク・モーテル!」と必死に訴えます。
「ええっ、モーテルが嫌なの?困ったなぁ」とルイスさん。
そんな気まずい一コマがありましたが、アメリカで言う"モーテル"とは妖しいお宿じゃなくて、普通のビジネス・ホテルであることが判明しました。そして、タラコに会うまでの数日はこのモーテルで過ごすことになるのです。

入国許可を奪回するため、タラコが弁護士を用立てしてくれました。しかし、その弁護士キャシーというのがとんでもない風体でだだのアバズレ女にしか見えません。
赤と白のだんだらジマのサングラスにイヤリングと呼ぶにはあまりにもドでかい耳輪。ショッキングピンクと、真っ赤の手のひら大の花が咲き乱れたワンピース。むきだしの肩からニョッキリでている、太モモとみまごうばかりのご立派な腕。おまけにごっついジョギングシューズまで履いている。私があれだけ着衣に気を配ったのに、弁護士のおネエちゃんがこれでは、まとまる話も壊れてしまう。一番嫌だったのはひと言しゃべるたんびにぐひゃひゃひゃと大声で笑い、ぐっちゃんぐっちゃんとガムを噛んでいることだった。
「おばちゃん、弁護料ケチりおって!」
こんなんで大丈夫なんだろうか?と不安になりつつも、そのキャシー様の働きで、入国許可を無事に獲得。3ヶ月滞在していいことになったのですが、それ以上に衝撃的な展開が待っていました。
タラコは姪のNY行きをけしかけておきながら、実は自分のアパートに泊める考えがなかったのです。自分が口にした言葉などきれいに忘れてしまったらしい。
「いったいどうしてくれるのよ。せっかく三ヶ月いていいっていわれたのに、その前にお金がホテル代に消えてなくなっちゃうよー」
「そりゃあ困ったわねぇ」すっかり他人事のように言うタラコ。
その上、自分は突然パリに行かなければならなくなったので、姪を自分のアパートに滞在させたとしても自分の留守中に"もしも"のことがあっても責任がとれない。それなら、ホテルに留まった方がはるかに安全ではないか、と強引に説得してしまいました。
自分のいい加減な発言で姪っ子をその気にさせてしまい、遙々ニューヨークまでやって来たはいいが、早くも彼女を窮地に立たせてしまったことに多少なりとも責任を感じたタラコ。滞在期間、姪が衣食住に困らないために、"ある仕事"を見つけて来ました。
その"ある仕事"とは....!

「この米国滞在体験は特別ドラマチックなことが起こったわけではないし、その後の人生において何の役にも立ってない。でもホテルに泊まって汚い格好をしてニンジンを丸かじりする生活はなかなか良かった」と彼女はあとがきで語っています。
このエッセイ、どこを開いても「これでもかっ」というぐらい強烈エピソード、強烈キャラのオンパレードです。これを電車とか喫茶店で読んではいけません。つい吹いてしまって周りの視線を浴びてしまうこと必至です。
ケネディ空港に到着したばかりの著者が反対側の方向から歩いてくる体の大きな男性に驚く場面があります。
「大陸のデブはデブが違う。これまでに見たこともないようなデブ男だった。太モモが自分の胴体ほどあった。私は外人はみんな細身で格好いいもんだと思っていたが、それは島国から一歩も出たことのない女の妄想に過ぎなかったことを、空港で行き交う人々を見て感じた」
清川虹子的クチビルを持ったタラコおばさんはもちろん最強のキャラ。実は高級地区の超高級アパートに住んでいて、それを訪れた著者が「この家は全くもってタラコの顔にふさわしくない。こんな豪奢なところに身内といえどこんな顔のタラコが住むのが許し難い気がした」と書いています。
ゴージャスな住まいとは裏腹に乗っているのは超オンボロ・ワーゲン。映画を見るため路駐し、帰ってくると車内のバックミラーがなくなっていた。それでどうするのかというと、頻繁に後ろを振り返りながらの運転。「ちゃんと後ろも見てるんだから大丈夫!」
真夜中にパリからの国際電話で「おフランスでシェーざんす!」という脳天気なギャグを放って著者を脱力させてもくれます。
そのタラコおばさんの姉、つまり著者の母もこれまた強者。
娘が渡米することになった時、「アメリカに行った若い女の子はみんな強姦されるもんだ」と思い込んでいたお母さんはラジオで「夜のNYで黒人軍団に囲まれた時、空手のかまえをしてみせたら、みんな逃げていなくなった」という話を聞き、その日から毎日、娘に「テヤーッ!」の稽古をさせることに。
「その姿はどう見てもウルトラマンのポーズにしか見えなかった。でも、これも親孝行の一つだと思って付き合ってやった」
日本から娘が今いるアメリカに手紙を書いて送ってきたのは良いが、その内容というのが「この間、イギリスのエリザベス女王様が来日しました。テレビでその姿を拝見しましたが、あんなに気品に満ちたお方を見たのは初めてです。云々...」とエリザベス女王のお話で終始し、こちらはみんな元気だ、とか猫たちはどうとか、それこそ気に懸かっていることに一言も触れていないことに、著者はひたすら呆れ、かつ怒りがわき起こるのです。
「母は手紙を書くことに慣れてなくて、照れくさくて何を書いたらいいのかわからなかったのかも知れない」と一応フォローはしています。
著者が滞在することになったホテルでは、お風呂に入ろうとしたら、お湯を張ったバスタブの中でツルツル滑りまくって溺れそうになった、というエピソードがあります。滑り止めのためのマットを敷いて入浴するのを知らなかった、ということですが自分は海外のバスタブでツルツル滑って溺れそうになったという経験はありません。でも絶妙なエピソードだと思いました。
そして"日本人の女の子"というだけで、周りに珍しがられ、奇異な目で見られたことも書かれています。ホテルで朝食を取る時も、従業員たちが物陰に隠れてこちらのことをヒソヒソ。なぜか入れ替わり立ち替わりにコーヒーのお代わりを注ぎにやってくる。「次はお前だ。よし、行って来い」と同僚の背中を叩いて送り出しているようなのです。当時の著者は幼女のようなオカッパ頭。体も小さくて、米国人からみたら、12、3歳くらいの小学生にしか見えず、よけいそれが物珍しさを掻き立てたのかも知れません。どこを歩いていても通行人にジロジロ見られた、と書かれていますが、自分は海外で現地人の視線を浴びていると感じたことがないので、これはやや誇張表現かなと思いました。

タラコの口利きで著者にあてがわれた仕事というのは、何と某下着メーカーのモデル!
企業名は明かされてないのですが、そのメーカーが日本進出することになったので、モニターになる日本人女性を必要としていたのです。しかし、著者が語るに彼女は平均的日本人女性よりかなり小柄で、ややぽっちゃり。サンプルとしてはあまり良くないのではないかと言いたかったのですが、それじゃあ、タラコが折角見つけてきた食いぶちがフイになってしまいます。強面のタラコに睨まれてしまっては仕方がない。しぶしぶ、その仕事を引き受けることになってしまいます。それも、異国の地にしばらく留まりたいがため。
その会社にはあらゆる人種、あらゆる年齢、あらゆるタイプの女性がサンプルとして集まっていました。そして、会社で働くデザイナー達や一般職にもいろいろなキャラが登場して、彼女の人間ウオッチングの鋭さ、その表現力に才覚が垣間見えます。
モデル仲間?のおばさんの一人に「あんた日本人だろ?なんでキモノ着てないんだ?」と聞かれ、「今の日本人は着物を日常的に着ないのだ」と答えたところ、「だって、その髪型は着物を着るためのヘアスタイルだろ?」とオカッパ頭を指摘されるところがあります。どうやらオカッパ頭の著者が「麗子像」の絵と被ったらしいのです。
日本という国に憧れるあまり、源氏物語や枕草子などの古典を読み漁り、一度も日本に行ったことがないのに、ほぼ完璧に日本語が理解出来る米国人の女の子と無理矢理会わされる場面があります。「源氏物語」についていろいろ質問されますが、古文の教科書でちらっとしか読んだことがない著者は答えに窮し、冷や汗をかくのでした。

著者が渡米したのは70年代中盤のようです。
「チンゲンサイ」や「アーティチョーク」が日本ではまだ見たことがない野菜として書かれています。当時ベストセラーで彼女もつられて買ったという「FEAR OF FLYING」は後に日本でも翻訳されたエリカ・ジョングの「飛ぶのが怖い」のことでしょうね。
色恋沙汰めいたものとしては、著者が滞在したホテルのオーナーがタラコの友人で「すごいハンサム」として出て来ます。その紳士にドライブに誘われ、心ときめくまでは良かったのですが、ボートに乗っている時に自分の不注意でボートのバランスが崩れ、彼女は池の中に投げ出されてしまいます。
「『地獄の黙示録』のマーロン・ブランドのように水中から顔を出した」著者は、そこで恋心ははかなく消えてしまったことを悟るのです。
そして彼女がバイトした大手下着メーカーは鳴り物入りで日本上陸し、筆者にとっては「あつらえたように自分にぴったり」だったが、その他の一般女性に合うはずがなく、ほどなくして撤退して行った、とのことです。
これ「かもめ食堂」みたいに映画化されたら結構面白いと思うんだけどなぁ。
「だから何?」って感じのお話ですが、ヒロインが遭遇するドタバタは読み手にとって身近に感じられるし、高級デパートでささやかな指輪を買ったとか、ショッピング・センターで生まれて初めてピアスを開けたとか、帰国する前に思い出になるような買い物とか行動をしたりするところが「私もそうそう!」と共感できましたデス。
しかしながら真似出来そうで出来ない独特の切り口。やっぱ、これは才能ですね。
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by marikzio | 2007-12-13 20:59 | Book | Comments(2)

「聖なる神 ー三部作ー」 ジョルジュ・バタイユ  生田耕作訳

フランスを代表する思想家ジョルジュ・バダイユが最後に遺した未完作。
本作品は「マダム・エドワルダ」、「わが母」そして「シャルロット・ダンジェルヴィル」からなる三部作。
原題"DIVINUS DUES"に込められた作者の意味する"神"とは、何だったのか?
語るにはあまりにも難解なバタイユ。ここは簡単に筋書きを紹介して自分の感想を述べるに留めたいと思います。

聖なる神―三部作
ジョルジュ バタイユ / / 二見書房
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『マダム・エドワルダ』

これは『眼球譚』の文庫本に収録されたりしているので、バタイユ作品としてはお馴染みの短編小説。パリの有名な歓楽街サン・ドニ街の淫売屋を訪れた主人公が運命の女に出会うという、起承転結があるんだかないんだかわからない展開の中に哲学的表現や抽象的思考が入り乱れてバタイユ節が炸裂!
運命の女、マダム・エドワルダが主人公に向かって「ほら見て、私は神よ」という場面が登場します。ここで、「聖なる神」とは女性性器のことを言っているのだな、と察しがついたのですが、バタイユ様のことだから、もっと深い意味があるのかも知れません。
研究者の中ではバタイユの思想的世界が見事に凝縮した極めて完成度の高い作品とされているそうです。個人的には完成度が云々、バタイユ的哲学が云々というより、音楽に例えるなら一番最初の曲がアルバム全体のコンセプトを決定するように、『マダム・エドワルダ』は「聖なる神」の導入部としてうまく出来ていると思います。
死に向かって突き進んでいくかのようなエドワルダはこれに続く「わが母」のヒロイン、エレーヌの刹那的なキャラクターと重なるのです。
エドワルダが真夜中の街路を夢遊病者のように彷徨うところがサン・ドニ門の真下。自分もパリに行った時、偶然ここを通ってカメラに収めていました。
この門、映画「パリ・ジュテーム」にも出て来ましたが、この辺一体は夜になると怪しいお姉様がたくさん現れて、ちょっとコワイとこみたい...。
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『わが母』

映画「ママン」の原作。私がこの本を読もうと思ったのも、映画を観て原作に興味を持ったから。この三部作の中核を成す、狂おしくて残酷な母子の物語。
映画は舞台が南のリゾート地で現代に置き換えられていましたが、小説では1906年のパリ。主人公ピエールは17歳というのが映画と一緒ですが、母親は32歳。エレーヌを演じたイザベル・ユペールは50歳前後。しかし、劇中で「おまえを宿した時、自分は10代の少女だった」という台詞があって、「計算が合わないだろ」と突っ込みたかったのですが、原作の設定そのままだったのですね。
映画は原作にかなり忠実に作られていたと思います。が、意外に思われるかも知れませんが、小説は映画ほど過激ではないのです。もちろんピエールが急逝した父の書斎でエロ写真を見つけるところとか、レアやアンシーも登場しますが、彼が父の部屋でpeeしたりしないし、素っ裸で歩き廻ったりしないし、レアと野外プレイに及んだりとかしてないですよ!ましてや、ラストで母の棺の前で*△×○■(ぎゃ〜〜〜〜〜)なんてやっとらんのです。
果たして、ガレル君はあそこまで体当たり演技する必要があったのか疑問です。ひょっとして「バタイユ作品初の映像化なんだから、このぐらいはやらなくちゃね!」みたいな世間の期待に応えようとあんな演出になったとか?
小説の「わが母」は露骨な描写がありながらも、妖しく退廃的。バタイユ作品としては確かに映画的だと思います。

ピエールの母、エレーヌは13歳の時、森の中で裸でいるところを後にピエールの父となる若者に襲われ、妊娠してしまいます。親になるべく、彼と夫婦になりますが、自分は性的に堕落した人間で男性を愛することができないということを子ども心にも悟っていました。森の中では身をまかせてしまうが、その後は夫に触れさせようとはせず、街の女たちを家に連れ込むようになっていた。その輪の中に夫も入れるようになって、遂に彼を放蕩者として貶めて行く。
そんな彼女の実態を息子は今まで知らなかった。病弱という理由で、親元ではなく田舎の祖母に育てられ、大学生に成長したピエール。パリで暮らす両親の仲があまりうまく行ってないことはわかっていました。遊び人で酒好きの父親に時おり暴力を受けているらしい可哀想なわが母。しかし彼にとって、自分のママンはこの世で最も崇拝する理想の女性。ところが、突然の父の死をきっかけに、崇拝するママンは息子の前で本性を露わにして行くのです。自分の性癖を息子に強制的に認めさせるどころか、彼もまた自分の世界と住人とならなくてはならない、と主張するママン。息子の信仰心を批判し、自分と同じぐらい奔放な女友達レアを引き合わせ、ピエールもまたそんな破天荒な母に疑問も抱かず喜んで従い、大人の仲間入りを果たすのです。
しかし、母は突然ピエールを置き去りにして実は愛人関係にあったレアとともにエジプトに旅立ってしまいます。彼の元にアンシーという女を新しい教育係にあてがって。
ピエールが見知らぬ女と対面するのはパリにある高級連れ込み宿。お互いの姿を一目見た途端、激しい恋に落ちるピエールとアンシー。
映画の中ではアンシーの男友達ルルが彼女に鞭打たれて血まみれになったりしますが、小説の中のルルはアンシーのメイドで幼馴染み。ピエールに出会う前、アンシーとルルはレズビアンな関係にありました。しかもアンシーはピエールのお母さんの愛人であったことが後に明らかになったりして、結局、このお話のキーワードはレズと近親相姦かい?と突っ込みたくなります。
ママンは根が真面目なアンシーを完璧に堕落することが出来なくて苛立っていました。ルルもまた特殊な嗜好の持ち主で、自分を鞭打つようにアンシーに要求したりするのですが、そういうことに彼女は断固として応じない。
日々、愛欲生活に明け暮れるピエールとアンシー。ついにルルを交えて一線を越えてしまいます。そこへ突然踏み込んできた仮面を被った謎の二人の女たち。その女達の正体は言うまでもなく...。

哲学的思想の欠片もない私にとって、なんでエレーヌがこれほどまでに反社会的な生き方にこだわったのか、最終的には死を選ぶことを前提にしていたのかはよくわかりません。
「自分の子どもは全うに生きて欲しい」というのが通常の母親の望みだと思いますが、この困ったママンは可愛いはずの我が息子を自分のハチャメチャな世界に巻き込むことに異常なまでに執着したのです。
しかしながらエレーヌは自分のセクシュアリティを完全には把握できないでいます。「自分が本当に男を愛せない人間なのかは自分でもわからない。しかし、今まで男を愛したことはない」と語っているし、自害する前に実子のピエールと強制的に性交渉を持つことになりますが、ピエールは母を崇拝こそすれ、性的対象としては見なしていません。
最初に「映画ほど過激ではない」と書きましたが、後半の大団円はちょっとキツかったです。あれはいくら何でも映像化できません。最後は結局、というか、やっぱりバタイユでした。
バタイユの描く破滅的世界はキリスト教的教義に対する反抗と言えなくもないような気がしますが、宗教的なことについては自分はよく知りません。部分的について行けない所もありますが、しかし、読んでいる時はすごく面白くてあっという間に読了してしまいました。予備知識がなくとも、純粋に楽しめる魅力的な作品だと思います。

『シャルロット・ダンジェルヴィル』

母の死後、田舎に一時帰省したピエール。ふと立ち寄った教会で彼は一人のうら若き女性に話しかけられます。
彼女の名はシャルロット。地主の娘で実はピエールと親戚関係にあるという。一見、清楚で信心深く見えるシャルロットだが開口一番、「私はあなたのお母さんの愛人でした」と打ち明けるのです。
「今夜の真夜中12時にあなたの家を訪ねてもいいか?」と娘は言い、それを承知するピエール。
シャルロットは身分のある娘でありながら、村中の若者と寝ているという堕落した一面を持っていました。まさに彼の母と同じ世界に属する人物でした。
しかし、この作品は冒頭の3枚で途切れており、「雑記帳」に残されていた下書きのような草稿から訳者が拾って、もう少し続きがあるのですが、それでも完結することなく途絶しています。
ピエールは従兄弟のシャルロットを連れてパリに戻り、小さな部屋を借りて一緒に暮らしたりするのですが、バタイユの中ではどんなふうに展開するはずだったのでしょうか?
現代作家の一人にこの続きを書いてもらいたいもんです。

「わが母」のヒロインが途中、エレーヌからマドレーヌに変わっていたりして、後半の方は未定稿のままで残されていたそうです。生前は日の目を見ることなく凍結された三部作が未完成ながら、21世紀の現代に生き延びているということは、この作品の生命力の強さを証明していることに他なりません。また、本作品は訳者生田耕作氏の最後の翻訳なのだそうです。

さて、さて、さて。
おかげさまで、当ブログも今回で投稿500回目を迎えました。
あと数ヶ月で3年になる、このn'importe quoi!ですが、ささやかながらも長く続けてこられたことをうれしく思います。ブログを始めて以来、様々な方からコメントを頂き、交流を持てたことが自分にとって何よりも大きな喜びです。
今後もこの場所でいろんなことを語り、ネットという無尽のネットワークでの出会いを大切にして自分の世界を広げて行けたらいいな、と思っています。
今後ともよろしくお願いします。m(__)m アリガトォ

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by marikzio | 2007-08-13 22:32 | Book | Comments(3)

『もじゃもじゃ頭のペーター』 ハインリヒ・ホフマン作
ブログ読者の皆様、ご無沙汰しておりました。
久々の投稿で登場するのは、なんと児童向け図書です。

この間、あるBS放送で旅番組を見ていたら、ドイツのフランクフルトにある街角で、奇妙な銅像があるのが紹介されていました。
メドゥーサみたいなもじゃもじゃ頭の少年や炎に包まれた女の子。
「この像は一体何なんだ?」と、地元の人に聞いて見ると、「それは"もじゃもじゃ頭のペーター"だ」と言います。
『もじゃもじゃ頭のペーター』とは、ドイツで書かれた児童向け絵本の中に出てくるキャラクターだったのです。

"Der Struwwelpeter" By Heinrich Hoffmann
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作者のハインリヒ・ホフマン(1809-1894)の本業は精神科医。
自分の息子のために書いた本が出版されたのは1845年。それはたちまちのうちに大ベストセラーとなり大成功を収めました。
ドイツ人なら誰でも知ってる"もじゃもじゃペーター"。私はこの存在を初めて知ったのですが、世界各国で翻訳され、日本語版も出版されているそうです。

しかし、これに登場する物語はどれも奇妙でグロテスク。
例えば、お留守番を頼まれた女の子が両親の不在をいいことに、禁じられていた火遊びをして、焼死してしまうお話。
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にゃ にゃ にゃ にゃ、危ないにゃ
にゃ にゃ にゃ にゃ、たすけてよう

飼い猫たちがとめるのも聞かずに、マッチ遊びをした結果、女の子は火に包まれ、靴だけが残ったという結末。猫ちゃんたちが川ができるほど涙を流すというのが可愛いですね。
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これは、"指しゃぶり"をしないように何度も注意されていた少年が、仕立て屋の大きな鋏で指をちょん切られてしまうお話。いきなり自分の家に見知らぬ仕立て屋が飛び込んで来て、指を切るなんて、唐突過ぎるにもほどがあります。

要するに、この本は「言いつけをちゃんと守らないと、大変な目に遭いますよ」という脅し的な教訓本なのですね。
この他にも、悪戯ばっかりしている腕白坊やが、犬に悪さをしようとして噛まれてしまい、いつまで経っても怪我が治らないお話、スープ嫌いの男の子がスープを拒んでいるうちに、体がみるみる小さくなってしまい、5日後に死んでしまうお話。根拠なんて、ほとんどないようなお話ばっかりなんですが、中には「黒人を『インクみたいに真っ黒だ』とからかった3人の男の子たちが、"ニコラス様"に捕まって、インク壺に入れられ、黒インクのように真っ黒に染められてしまう」というエピソードは、人種差別はいけない、というメッセージが込められていて、なかなかいいと思いました。
ちなみに表題作になっている"もじゃもじゃペーター"は、髪も爪も切らず、風呂にも入らないで、こんな風貌になってしまった男の子のこと。不潔にしてると、こんなふうになっちゃうよ、というわけです。

「どんな内容なんだろ?」と思った方、中身を紹介しているページがありましたので、ここにリンクさせていただきます。

ドイツ語・英語 Struwwelpeter Heinrich Hoffmann

日本語 「もじゃもじゃペーター」

強烈な内容にもかかわらず、世代を超えて読み継がれている名作的存在の絵本。
フランクフルトには作者のホフマン記念館があって、週に1度チビッコ達が集まって、劇の練習をしていました。演目は燃える女の子のお話。このエピソードは人気絶大で、「私はこのお話が一番好き!」と目を輝かせて答える女の子もいました。
それにしても、ヨーロッパのお子様達って、なんでこの手のお話が好きなんでしょうか?
自分は子どもの頃、「イソップ物語」だけはどうしても好きになれませんでした。結末が暗くて残酷なものばっかりだったので、最初読んだ時は「何っ、これ!?」と衝撃を受けてしまいました。
しかし「イソップ物語」はお伽噺ではなく、子ども達に人生の試練や因果応報の原理を教える教訓物なんですよね。日本の民話や童謡も、よくよく考えれば結構怖いものもありますから、子ども向けの本や歌って、実は奥が深いんですね。
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by marikzio | 2007-07-02 21:27 | Book | Comments(2)

グィド・クレパクスの『O嬢の物語』
エロチック文学の金字塔として、今もなお輝き続ける『O嬢の物語』。
今年は作者ポーリーヌ・レアージュことドミニク・オーリ女史の生誕100年目に当たるのだそうです。その極限とも言えるエロス的世界を、イタリアン・エロティック・コミックの巨匠であるグィド・クレパクス(1933〜2003)がコミック化させ、これまた氏の代表作となっているのがこれです。
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『O嬢の物語1』

『O嬢の物語2』

これは96年にトレヴィルから出版され、絶版となっていた日本語版の再編集版。
装丁も変わり、監訳者・巌谷國士の新原稿を加え、クレパクス追悼資料・図版を補遺として収録しているそうです。全2巻。

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いかにもヨーロッパらしい、濃度の高い画風ですね。コミックとしてだけでなく、美術作品としても評価できる質だと思います。でも、このフクロウさん怖すぎ〜!!!
さすがの私もこれには手が出ません。
すぐに入手困難になると思うので、ご興味ある方はお早めに。

エディシォン・トレヴィルによる内容プレビュー
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by marikzio | 2007-05-23 18:51 | Book | Comments(6)

倉橋由美子のカタルシス世界
ブログ読者の皆さま、お久しぶりでした。しばらく更新を滞らせていましたが、何とか復活です。今日は、かなり前から予告していたとおり、作家倉橋由美子について語ってみたいと思います。

b0069502_20144954.jpg倉橋由美子 (くらはし・ゆみこ)
1935年10月10日 〜 2005年6月10日

小説、エッセイの他に翻訳も手がけた、日本の文壇を代表する女流作家。
代表作に、『パルタイ』、『スミヤキストQの冒険』、そして、『夢の浮き橋』などの"桂子さんシリーズ"など。ベストセラー作に『大人のための残酷童話』があるので、これでピンと来る人の方が多いかも知れませんね。

倉橋氏は高知県香美郡土佐山田町(現香美市)出身。歯科医の長女として生まれ、日本女子衛生短期大学を卒業後、歯科衛生士国家試験に合格。その後、明治大学文学部に進学し、卒業論文にサルトルの「存在と無」を取り上げています。そして、明治大学院在学中に明治大学新聞に『パルタイ』を発表し、これが、毎日新聞の『文芸時評欄』に取り上げられたことで注目を浴びることになりました。同年、短編集『パルタイ』を上梓し、翌年女流文学賞を受賞。当時の新世代作家として、石原慎太郎、開高健、大江健三郎らと並び、称せられ、特に、大江健三郎とは、学生時代に文壇デビューし、作風が似ている、ということで比較されることが多かったそうです。

参考ページ 倉橋由美子-Wikipedia-
画像元 明治大学:Topic&News

倉橋由美子の書く小説は知的でシニカル。縦横無尽に言葉を操り、奔放なイマジネーションが放出される彼女の世界は想像を絶します。その流麗たる筆致は翻訳文学のようであり、暗号めいた呪術のように読む者を魅了するのです。
特に初期の彼女はジャン・ジュネに大きく影響を受けていたようです。そして、同性愛や近親相姦、母親殺しなど、タブーとされているものをあっけらかんと登場させては読者の度肝を抜く。「いかにもオンナが書いた」と思わせる湿度のある筆致で、性のドロドロした部分をさらけ出して行くスタイルに衝撃を受けました。高校生の私は取り憑かれたように彼女の本を読み、やや難解なところも自分の知的自尊心を刺激しました。年齢を重ねないと理解できないようなところも多かったと思いますが、思春期前後の感性にぴたっとはまる何かがあったのかも知れません。大学生になると、いつの間にか読まなくなっていました。後年の彼女は難病で体調を崩していたらしく、2005年6月10日に69歳で死去しています。
氏は「何を書くか」というより「いかに書くか」にこだわっていたようにも見えます。高校の時の友人は「倉橋由美子は他の人ならサラッと書くようなことにわざわざ複雑な比喩とか理論をくっつけて、小難しそうな文章にしてしまう。一見すごいことを書いているように見せて、実はたいしたことは言っていない」と指摘したとおり、装飾過多なのでは?と言いたくなるほど、彼女の文体はメタファーの洪水。しかし、比喩表現の一つ一つが緻密で鋭く、作者の博識ぶりや豊饒な感性が存分に発揮されているのです。まさに言葉の錬金術師!

『パルタイ』
倉橋氏の処女作。当時、彼女は25歳の大学院生。
「パルタイ」とはドイツ語で"共産党"を意味します。小説のヒロインは本人と似たような女子大生で、学生運動にのめり込んでいる恋人を冷ややかに見つめる視点で描かれています。作中「わたしはオントを感じた」というフレーズが出てくるのですが、オントってフランス語のhonte(羞恥心、嫌悪感)のことですね。今思うと初めて知った仏単語だったかも。自分は学生運動やアンポ、という年代ではないので、「ちょっとオトナ風なカッコいい作品」という印象しか持てないのですが、この文庫本に収録されてる「貝の中」や「蛇」、「密告」という短編小説はいかにも初期のネットリした作風で読み応えありました。

『倉橋由美子の怪奇掌篇』
実は、これが初めて手にした倉橋作品。母が図書館から借りて来たものを自分が見つけて先に読んでしまいました。この手の怪談物って嫌いじゃないので。
感想は「なんじゃあ、こりゃ????」。
確かに不気味で怖くて、まさに文字通り怪奇物なのですが、読んでみてどこか消化し切れないと言うか、後味が悪かったのですね。こんな変なお話を書くオバサンって怖い〜と思ったものです。それから、ほどなくして友人から 『聖少女』 を借りて読むことになるのですが、同じ作者が書いたということに全然気づいていませんでした。

b0069502_22271452.jpg『アマノン国往還記』
これは泉鏡花賞受賞作品。長年鎖国を続けて来た謎のアマノン国にやって来たモノカミ教の宣教師。アマノン国は女性上位の社会で、女は結婚をせず人工受精で子供を産み、男達はしごく少数派でその価値を非常に低く見られていました。
「これはモノカミ教の道理に反する」と宣教師は、「オッス革命」を発起することを決意。テレビ出演して、アマノン国の女性たちを相手に"自然の営み"をやってみせることで、革命運動を広げて行こうとするのです。彼の武器はハンサムな容貌と、とてつもなく大きな○○○。
アマノン国の美少女ヒミコが宣教師のスクレ(秘書)となりますが、宣教師に恋したヒミコは彼がいろんな女性と****を繰り広げるのに嫉妬し、ななななななんと彼の大事なお道具を....。(以下自粛)
この作品に出てくる"アマノン国"は日本のことを暗示し、モノカミ教とはキリスト教のことらしいです。日本の天皇制を批判している、とかで右翼団体が騒いだ、というエピソードもあるらしいのですが、何にも知らないお子ちゃまだった私には、これのどこが天皇批判になるのか判りませんでした。単純に面白かったのです。
そういういざこざもあってか今は絶版状態ですが、ネットでダウンロードできるし、古本屋に行ったら、文庫本もありました。

『スミヤキストQの冒険』
これは初期時代の代表作ですね。スミヤキ党員の工作員Qがある孤島に潜入して、感化院の指導員になる、というお話。文庫本を友達から借りて読んだのですが、どんなお話だったがほとんど憶えてないのです。(←おいおい)
その感化院では人肉を食していた、と紹介されているので、あまりにも怖くて読んだ記憶をさっさと消去してしまったのかも知れません。(笑)

『大人のための残酷童話』
今思うと、倉橋由美子は「残酷童話」ブームの火付け役だったのかも知れません。
これは立ち読みで済ませたのですが、「上半身が魚で下半身が人間の人魚姫」が強烈でした。浜辺で気を失っている王子に一目惚れした人魚姫が起こした行動とは...。あと白雪姫が7人の小人のお相手をする、ってエピソードは意地悪過ぎます。(汗)

『老人のための残酷童話』
ベストセラーになった「大人のための〜」のシリーズ物なんでしょうか。私はまだ読んでないので、気になっています。

「ヴァージニア」
夫の仕事の関係でアメリカはヴァージニアで過ごすことになった作者。そこで、ヴァージニアという女性と知り合いになる。
特にドラマチックな展開もないのですが、なかなかの珠玉作品。これを読んだ自分はまだ子供だったので、この作品の持つ魅力の半分くらいしか理解できなかったかも。もう一度読み直してみたいと思う作品です。

彼女の作品はここからダウンロードすることもできます。(有料)
楽天ダウンロード 倉橋由美子

彼女のエッセイもよく図書館で読みましたが、頭脳明晰で辛辣、という印象が強かったです。「いやらしい文章を書く人はまぎれもなくいやらしい人であるが、素晴らしい文章を書く人が、そのままの人格者であるか、というのは別である。」というようなことを語っていたような気がします。また「世の中には"パリ"と聞くと、『まあ、パリ』と目を輝かせてうっとりする人々の実に多いこと。パリのどこがそんなにいいのやら。自分には理解できない。」というようなことも書いてたのを読んだような気がするのですが、当時の自分はおフランスかぶれではなかったので、「ほんと、何かって言うと『パリって素敵!』って目を潤ませる人がいるけど、私にもわかんなーい!」と鼻で笑ってしまいました。しかし、今思うと、『聖少女』 って、倉橋氏のフランス、あるいはフランス的なものに対するオマージュですよね。

しかも、彼女は明治大学でフランス語を学んだらしく、多くの翻訳も手がけています。

シェル・シルヴァスタイン
「ぼくを探しに」 「ビッグ・オーとの出会い 続・ぼくを探しに」
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
「新訳 星の王子さま」 

この「新訳 星の王子さま」が倉橋氏の遺作となったそうですよ。
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by marikzio | 2007-04-02 20:13 | Book | Comments(6)


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