-毛皮のマリー- by 寺山修司
ほぼ1ヶ月半に渡って開催された「寺山修司 劇場美術館」in 青森県立美術館。
5月11日で最終日を迎えたわけなのですが、そのフィナーレを飾るべく10日と11日、寺山の最も有名な戯曲の特別公演がありました。
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寺山修司没後25年特別公演『毛皮のマリー』
制作 ティーファクトリー
出演 川村毅、笠木誠、手塚とおる、菅野菜保之 他 

10日の上演は19時、そして11日は15時30分からとなっていましたが、私は2日目の前売りチケットを購入。寺山展の最終日でもあります。午後2時には美術館入りしてました。観劇前にもう一度展示をゆっくり見ておこうと思ったのです。
開演間近の15時15分。美術館付属のシアター前にはすでに行列が出来ていました。
「一体どのくらいかかるんだろうね?」
「この美術館は5時で終わるからそれに合わせて終わるんじゃない?」
と言ってるのは私の前に並んだ老夫婦。昨日は夜の7時から始まってるんだから、閉館時間とはあまり関係ないんですけどね。
ほどなくして会場案内があって、いざ客席へ。全回の作品上映会のように満席で入場を断られた時とは違ってあちこちに空席がありました。前日の夜の部はどうだったんだろう?
開演間際になって、上演時間は75分とアナウンスがありました。
えっ?自分の中では演劇って2時間半とか3時間半ぐらいの枠組みで、というイメージがあったので、これはあまりにも短すぎると思いました。美輪さんがヒロイン(?)役で当たりを取ったこの戯曲、そんなに短いものだったのでしょうか。それとも特別イベントということで、70分程度に編集したものなのでしょうか?(あとで調べてみたら、もともと1時間10分程度の戯曲ということを確認)

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これは美輪さんプロデュースによる舞台セット。寺山展でも忠実に再現されてるブースがありました。カーテンには蝶々のモチーフ、花柄のバスタブと豪華。
しかし、ティーファクトリーのセットはかなりシンプルでバスタブも普通に白かったし、小劇場にふさわしくこぢんまりしたデザインでした。ステージの中央に柱時計がオブジェのように上からぶら下がってて、映画「田園に死す」でも"時計"がモチーフになっていたこととリンクしているかのよう。小道具にフランス人形がないかわりに、アンティークな蓄音機と"ビクター犬"。これ、ポイント高いです。


突然、会場の照明が全て落とされ、真っ暗闇に包まれたシアター。それから5分ほどじぃいいいいいっと沈黙があって、客席もまだ見ぬ出演者たちも息をこらして動かずにいるような間がありました。
「いつになったら始まるんじゃい」と思い始めて少したった頃、ステージ上を2人の人間が横切る気配があり、パッ!とライトアップされました。
ベッドの上に横たわる男娼マリーと彼女(彼?)によりそう下男。
女形の役者さんが楽屋でカツラを脱いだ時のように布を頭に巻いて白い部屋着姿のマリー。開口一番、「鏡よ鏡っ!この世で一番美しい女は誰かしら?あっ、白雪姫はまだ生まれてないのよね」と鏡を放り出し、「いやーっ、脚にこんなにムダ毛が生えちゃった。脇にも。毛皮のマリーが自前の毛皮着ちゃ駄目よねっ!」と客席に向かって、空中で手首を振る"オバサンポーズ"。
ここ、笑うところです。会場どっと沸かなきゃいかんところです。なのに、会場シーン...。いやあ、私は面白いと思いましたよ。笑いたいと思ったけど、誰も声を上げてないので、自分も黙り込むしかなかったんです。川村さん、乏しい反応でごめんなさい。恐らく川村さん始めティーファクトリーのスタッフはすでに夕べの公演でこのテンションの低さに直面してるとは思います。青森県人ってシャイなんですよ。ほんとは手を叩いて盛り上がりたいところなんですけど、年配の方も多かったし、次々と繰り出される放送コードギリギリのストロークに引いてる人もいたかも知れません。
ゆうべ若い男を逆ナンしてお部屋に連れ込んだマリー様。彼女のあまりの技術の高さ(?)にその若造は失神してしまい、バスタブの中で寝込んでしまったところを下男がそれをひっくり返します。浴槽から転がり出て来る全裸の男性。どうせ何か身につけてるんだろうと思って目を凝らして見たらフルヌードだったようです。ますます氷つく会場...。

男娼、マリー(川村毅)は美少年、欣也と豪奢な部屋に住んでいます。彼らの身の回りの世話を焼いているのは下男こと"醜女のマリー"。
マリーと欣也は親子、ということになっています。しかし欣也は彼女(彼?)のことを「マリーさん」と呼び、「お母さんと言うのよ、お母さんと!」とマリーから再三忠告を受けています。マリーは欣也を一歩も部屋から出させない。コレクションの蝶々を居間に放して欣也に採取させている。その蝶は南米産の珍しい種類のも混じっていて(普通の紋白蝶に色を塗っただけのインチキもんだけど)、部屋に居ながらにして自分は遠い異国を駆け回っている気分になるんだ、と欣也は言う。マリーさんの言うことは無茶苦茶で筋が通らないこともあるけれど、自分の母さんだから彼はマリーが大好きで崇拝しているのです。
そんな欣也の前にふらりと現れる美少女、紋白。欣也に一目惚れした紋白は彼を誘惑し、外の世界へ連れだそうとするのですが...。

体の正面を白い和紙で隠しただけの姿で現れる若い水夫。こちらに背を向け、マリーにその紙を手渡しました。背中の入れ墨と引き締まった小さなお尻を観客に披露。
「美しいわ。なんて美しいの!」嬉々とするマリー様。どうやら青年の**魚拓を作ったらしい。
「みんな、あなたのことを変態、って言ってますよ」
「フン。それが何さ」
マリーは街で拾った男に気をゆるしたのか、過去に自分を騙しておとしめた女のことを語り始めます。そしてマリーは彼女に対する復讐として、数人の男達をけしかけてその女を襲わせました。その結果、生まれたのが欣也。その数ヶ月後、母親は産後の状態が思わしくなくて、息子を遺して他界。そして欣也はマリーの息子となりました。あの女への復讐を続行するべく、欣也を引き取ったマリー。少年を実の母親と同じ運命に遭わせてやるのがマリーの目的。
この彼らの会話を欣也は偶然にも聞いてしまいます。
「何だって?僕はマリーさんの本当の子どもじゃないの!?」
自分の出生の秘密を思いがけない形で知らされた欣也は前後不覚となり、紋白の首を絞めて殺害してしまいます。そして生まれて初めて外の世界へ飛び出して行ったのです。
果たしてマリーは....?

ストーリーだけ追ってみるとマリーの屈折した愛情と欣也の無防備な魂を軸に展開するカオスな世界、とでもいいましょうか。マリーの影の存在として生きる"醜女のマリー"の悲哀、男性的魅力に溢れた水夫の存在、欣也に外の世界を啓示する紋白など、あらゆる思惑が絡み合う独特の空間。その中で孤独な精神を抱えるマリーは孤高のシリウスとしてひときわ輝くのです。
「歴史はみんなウソ、去ってゆくものはみんなウソ、あした来る鬼だけが、ホント!」というマリーの名台詞。
寺山が書いた言葉は哲学的で難解で、宝石のようにキラキラしてます。万華鏡のように踊る言葉たち。自分は俳優たちの口からこぼれ落ちる日本語の意味そのものを考えるのではなく、表現の感触を味わいそこから広がる世界みたいなものを楽しみました。
寺山はこの戯曲を書くにあたり、最初からマリー役を美輪明宏さんでイメージしていたとか。しかしながらシャイな彼は直接美輪ご本尊に交渉する勇気がなくて、美輪さんとお知り合いだった当時の奥さんに仲介役を頼んだんだそうです。シナリオを持ち込まれた美輪さんはこれを読んだその場で「いいわよ」と二つ返事で承諾。
劇中、美輪さんにしか言えないような台詞があって、美輪さんがそのフレーズを口にした時、「惚れ惚れする台詞だねぇ。ねぇ、誰が書いたの?誰が書いたの??」としつこく聞いて来た、というのは有名な逸話。
ティーファクトリーの川村さんは49歳。寺山修司の享年が49歳だった、ということでその年齢に追いついた今、自分が主催する劇団で「毛皮のマリー」で主役を張ることに運命的なものを感じているようです。オリジナルではマリーは美貌の男娼、ということになっていますが、川村バージョンのマリーはドラァグクイーンのようなあくどさと迫力で毒気を振りまいてました。美しくはないからこそ(失礼)、口に出来る台詞や演出もあると思うので個人的には川村さんのマリー好きです。
出演者は全員男性。美少女、紋白役も男性でいい感じにゲテ風味だったし、醜女のマリーの後ろで踊る金髪幽霊たちもみんな男の人でした。


マリーの部屋を飛び出した欣也はなぜかマリーのもとへと舞い戻るのです。
温室育ちの彼には世間の荒波が耐え難かったのか、やはり断ち切りがたいマリーへの思いがあったのでしょうか。
寺山さんの作品をそんなに見たり読んだりしたわけではないですが、母と子の因縁の絆、みたいなものがよく登場しますね。彼のライフワークみたいなもんなんでしょうか。
このラストシーン、美輪バージョンはオリジナルとは違う台詞で終わるみたいです。「私があなたを守り抜いて見せるかんね」みたいな、絶大なる母性愛を象徴する終わり方だと聞いてますが、それって美輪さんの独断的なこじつけであって、オリジナルとはまるで意味が違ってしまうじゃないか、という声もあるわけです。
自分もそんな風に感じてます。前出の 『田園に死す』 はそういう場面そのものは出て来ないにしても、母は息子に性的な行為を強要しているのではないか?と匂わせるようなドロドロ感があって(深読みか?)、息子はとにかく母親を激しく嫌悪しつつも、その繋がりを断ち切れない焦燥感を抱えたままで終わります。『毛皮のマリー』の主人公が少年に向けるエネルギーも破滅的な性質だと思うので、美輪バージョンはちょっと無理があるのではないかと思います。


今回のレビューも遅くなってしまいました。
1時間10分程度の戯曲だったから、今度は早く書けると思ったのに、やはり寺山作品は書きづらかった。
映像世界では人物をオブジェにするのが好きな寺山。戯曲では言葉がオブジェなのです。全体的にインチキ臭くて、このうえなくきらびやかなマヤカシ世界。虚構の上に虚構で塗り固めた世界の中に見える真実。まさに人生とは劇場なり!
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by marikzio | 2008-05-29 12:42 | Other Music | Comments(0)
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