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「アメリカ居すわり一人旅」 群ようこ

「無印良女」シリーズで有名な群ようこさん。
最近では映画『かもめ食堂』の原作小説も書いている群さんですが、ここでご紹介する「アメリカ居すわり一人旅」は当時女子大生だった彼女の人生初の渡航体験を綴った無印エッセイ・アメリカ編。デザイナーをしているさくらおばさんの「うちに泊まればホテル代が浮くから」の一言で、希望を胸に意気揚々と旅だったNY。しかし、そこで彼女を待ち受けていたものは...。
「私は十八歳から二十歳の間、守銭奴と化していた。ニューヨークへ行くためである。」
当時学生だった著者は資金集めのためにアルバイトに明け暮れます。衣服を買うお金すら勿体なくて、弟から取り上げた靴下に穴があくとツギをあて、洗濯物が乾かずに着る物がない時は、勝手に弟のタンスからトレーナーやセーターを持ち出して着るという"年頃の女にあるまじき行為"までやっていた彼女。その心を掻き立てていたのは太平洋の向こうのアメリカ大陸。
アメリカやそこに住む人々のことはテレビや映画の中でしか知らないけれど、彼女の中の米国人男性は人間が出来ていて、ジェントルマンで家事も手伝う。「女は美人がいい」だの「女は家にいればいい」だのいちいち自分の神経を逆撫でするようなことを口にし、ボサボサ頭で道路にカーッと痰を吐くようなどうしようもない日本の男どもとは月とスッポンに違いない。
「アメリカに行けば、きっと何かがある!」できれば、"むこうに住んでいる人と結婚してもう日本には帰らない"を第一目標にしたい。
語学力もほとんどないくせに単身で海を渡る、という大胆不敵なことを決意させたのがさくらおばさんの存在。彼女に身元引き受け人となってもらい、大学の夏休み期間をNYで過ごすのだ。叔母さんが書いた英文とパスポートを手に入国審査の列に並んだ著者でしたが、いきなりそこで「入国許可は出来ないかも」と言われてしまいます。なぜなら「団体ではない個人の女の子の一人旅は男を見つけて結婚してそこに居ついたり、隠れて働いたりするため」許可出来ないことがあるからです。入国許可が降りなければ、強制送還になるという。"強制送還"!?
突如目の前に立ちはだかった巨大な黒い壁。ひたすら異国をめざしてバイトに明け暮れた日々が走馬燈のように彼女の中を駆けめぐる。今までの苦労はなんだったのか???
「ともかくニューヨークに着いたら、身元引き受け人と一緒に入国管理局へ行きなさい」とだけ言い渡されて降り立ったケネディ空港。
周りにいる日本人客はみんなキャッキャッと脳天気に楽しそうだし、ロビーのあちこちで熱い抱擁を交わしている毛唐人。ああ、どいつもこいつもくそ面白くない。
「私を待っているのは名前こそ"さくらちゃん"と言ってかわいらしいが、実は清川虹子のような顔をしたおばさんなのである」(以下、本の中では"さくらおばさん"はタラコ唇からとった"タラコ"に変わっている)
しかし、そこにタラコは現れず、近づいて来たのは謎のハンチング帽の中年男。
「もう、こんなオッサンにナンパされてしまった!」と顔を引きつらせる彼女でしたが、そのジェリー・ルイス似のおじさんが手にしていた紙きれには、オカッパ頭のずんぐりした三等身の女の子が描かれていて、"JAPANESE GIRL"と朱書きされていました。彼はタラコの友人であり、急用で来れなくなった彼女の代理として、著者を迎えに来ていたのでした。
ジェリー・ルイスおじさんの車に乗って、著者は郊外に連れて行かれます。
「もうすぐ君が泊まるモーテルだよ」と告げられ、"モーテル"というワードに日本で言う"連れ込み宿"を連想した著者。
渡米早々、貞操の危機!と思った彼女は、「アイ・ドント・ライク・モーテル!」と必死に訴えます。
「ええっ、モーテルが嫌なの?困ったなぁ」とルイスさん。
そんな気まずい一コマがありましたが、アメリカで言う"モーテル"とは妖しいお宿じゃなくて、普通のビジネス・ホテルであることが判明しました。そして、タラコに会うまでの数日はこのモーテルで過ごすことになるのです。

入国許可を奪回するため、タラコが弁護士を用立てしてくれました。しかし、その弁護士キャシーというのがとんでもない風体でだだのアバズレ女にしか見えません。
赤と白のだんだらジマのサングラスにイヤリングと呼ぶにはあまりにもドでかい耳輪。ショッキングピンクと、真っ赤の手のひら大の花が咲き乱れたワンピース。むきだしの肩からニョッキリでている、太モモとみまごうばかりのご立派な腕。おまけにごっついジョギングシューズまで履いている。私があれだけ着衣に気を配ったのに、弁護士のおネエちゃんがこれでは、まとまる話も壊れてしまう。一番嫌だったのはひと言しゃべるたんびにぐひゃひゃひゃと大声で笑い、ぐっちゃんぐっちゃんとガムを噛んでいることだった。
「おばちゃん、弁護料ケチりおって!」
こんなんで大丈夫なんだろうか?と不安になりつつも、そのキャシー様の働きで、入国許可を無事に獲得。3ヶ月滞在していいことになったのですが、それ以上に衝撃的な展開が待っていました。
タラコは姪のNY行きをけしかけておきながら、実は自分のアパートに泊める考えがなかったのです。自分が口にした言葉などきれいに忘れてしまったらしい。
「いったいどうしてくれるのよ。せっかく三ヶ月いていいっていわれたのに、その前にお金がホテル代に消えてなくなっちゃうよー」
「そりゃあ困ったわねぇ」すっかり他人事のように言うタラコ。
その上、自分は突然パリに行かなければならなくなったので、姪を自分のアパートに滞在させたとしても自分の留守中に"もしも"のことがあっても責任がとれない。それなら、ホテルに留まった方がはるかに安全ではないか、と強引に説得してしまいました。
自分のいい加減な発言で姪っ子をその気にさせてしまい、遙々ニューヨークまでやって来たはいいが、早くも彼女を窮地に立たせてしまったことに多少なりとも責任を感じたタラコ。滞在期間、姪が衣食住に困らないために、"ある仕事"を見つけて来ました。
その"ある仕事"とは....!

「この米国滞在体験は特別ドラマチックなことが起こったわけではないし、その後の人生において何の役にも立ってない。でもホテルに泊まって汚い格好をしてニンジンを丸かじりする生活はなかなか良かった」と彼女はあとがきで語っています。
このエッセイ、どこを開いても「これでもかっ」というぐらい強烈エピソード、強烈キャラのオンパレードです。これを電車とか喫茶店で読んではいけません。つい吹いてしまって周りの視線を浴びてしまうこと必至です。
ケネディ空港に到着したばかりの著者が反対側の方向から歩いてくる体の大きな男性に驚く場面があります。
「大陸のデブはデブが違う。これまでに見たこともないようなデブ男だった。太モモが自分の胴体ほどあった。私は外人はみんな細身で格好いいもんだと思っていたが、それは島国から一歩も出たことのない女の妄想に過ぎなかったことを、空港で行き交う人々を見て感じた」
清川虹子的クチビルを持ったタラコおばさんはもちろん最強のキャラ。実は高級地区の超高級アパートに住んでいて、それを訪れた著者が「この家は全くもってタラコの顔にふさわしくない。こんな豪奢なところに身内といえどこんな顔のタラコが住むのが許し難い気がした」と書いています。
ゴージャスな住まいとは裏腹に乗っているのは超オンボロ・ワーゲン。映画を見るため路駐し、帰ってくると車内のバックミラーがなくなっていた。それでどうするのかというと、頻繁に後ろを振り返りながらの運転。「ちゃんと後ろも見てるんだから大丈夫!」
真夜中にパリからの国際電話で「おフランスでシェーざんす!」という脳天気なギャグを放って著者を脱力させてもくれます。
そのタラコおばさんの姉、つまり著者の母もこれまた強者。
娘が渡米することになった時、「アメリカに行った若い女の子はみんな強姦されるもんだ」と思い込んでいたお母さんはラジオで「夜のNYで黒人軍団に囲まれた時、空手のかまえをしてみせたら、みんな逃げていなくなった」という話を聞き、その日から毎日、娘に「テヤーッ!」の稽古をさせることに。
「その姿はどう見てもウルトラマンのポーズにしか見えなかった。でも、これも親孝行の一つだと思って付き合ってやった」
日本から娘が今いるアメリカに手紙を書いて送ってきたのは良いが、その内容というのが「この間、イギリスのエリザベス女王様が来日しました。テレビでその姿を拝見しましたが、あんなに気品に満ちたお方を見たのは初めてです。云々...」とエリザベス女王のお話で終始し、こちらはみんな元気だ、とか猫たちはどうとか、それこそ気に懸かっていることに一言も触れていないことに、著者はひたすら呆れ、かつ怒りがわき起こるのです。
「母は手紙を書くことに慣れてなくて、照れくさくて何を書いたらいいのかわからなかったのかも知れない」と一応フォローはしています。
著者が滞在することになったホテルでは、お風呂に入ろうとしたら、お湯を張ったバスタブの中でツルツル滑りまくって溺れそうになった、というエピソードがあります。滑り止めのためのマットを敷いて入浴するのを知らなかった、ということですが自分は海外のバスタブでツルツル滑って溺れそうになったという経験はありません。でも絶妙なエピソードだと思いました。
そして"日本人の女の子"というだけで、周りに珍しがられ、奇異な目で見られたことも書かれています。ホテルで朝食を取る時も、従業員たちが物陰に隠れてこちらのことをヒソヒソ。なぜか入れ替わり立ち替わりにコーヒーのお代わりを注ぎにやってくる。「次はお前だ。よし、行って来い」と同僚の背中を叩いて送り出しているようなのです。当時の著者は幼女のようなオカッパ頭。体も小さくて、米国人からみたら、12、3歳くらいの小学生にしか見えず、よけいそれが物珍しさを掻き立てたのかも知れません。どこを歩いていても通行人にジロジロ見られた、と書かれていますが、自分は海外で現地人の視線を浴びていると感じたことがないので、これはやや誇張表現かなと思いました。

タラコの口利きで著者にあてがわれた仕事というのは、何と某下着メーカーのモデル!
企業名は明かされてないのですが、そのメーカーが日本進出することになったので、モニターになる日本人女性を必要としていたのです。しかし、著者が語るに彼女は平均的日本人女性よりかなり小柄で、ややぽっちゃり。サンプルとしてはあまり良くないのではないかと言いたかったのですが、それじゃあ、タラコが折角見つけてきた食いぶちがフイになってしまいます。強面のタラコに睨まれてしまっては仕方がない。しぶしぶ、その仕事を引き受けることになってしまいます。それも、異国の地にしばらく留まりたいがため。
その会社にはあらゆる人種、あらゆる年齢、あらゆるタイプの女性がサンプルとして集まっていました。そして、会社で働くデザイナー達や一般職にもいろいろなキャラが登場して、彼女の人間ウオッチングの鋭さ、その表現力に才覚が垣間見えます。
モデル仲間?のおばさんの一人に「あんた日本人だろ?なんでキモノ着てないんだ?」と聞かれ、「今の日本人は着物を日常的に着ないのだ」と答えたところ、「だって、その髪型は着物を着るためのヘアスタイルだろ?」とオカッパ頭を指摘されるところがあります。どうやらオカッパ頭の著者が「麗子像」の絵と被ったらしいのです。
日本という国に憧れるあまり、源氏物語や枕草子などの古典を読み漁り、一度も日本に行ったことがないのに、ほぼ完璧に日本語が理解出来る米国人の女の子と無理矢理会わされる場面があります。「源氏物語」についていろいろ質問されますが、古文の教科書でちらっとしか読んだことがない著者は答えに窮し、冷や汗をかくのでした。

著者が渡米したのは70年代中盤のようです。
「チンゲンサイ」や「アーティチョーク」が日本ではまだ見たことがない野菜として書かれています。当時ベストセラーで彼女もつられて買ったという「FEAR OF FLYING」は後に日本でも翻訳されたエリカ・ジョングの「飛ぶのが怖い」のことでしょうね。
色恋沙汰めいたものとしては、著者が滞在したホテルのオーナーがタラコの友人で「すごいハンサム」として出て来ます。その紳士にドライブに誘われ、心ときめくまでは良かったのですが、ボートに乗っている時に自分の不注意でボートのバランスが崩れ、彼女は池の中に投げ出されてしまいます。
「『地獄の黙示録』のマーロン・ブランドのように水中から顔を出した」著者は、そこで恋心ははかなく消えてしまったことを悟るのです。
そして彼女がバイトした大手下着メーカーは鳴り物入りで日本上陸し、筆者にとっては「あつらえたように自分にぴったり」だったが、その他の一般女性に合うはずがなく、ほどなくして撤退して行った、とのことです。
これ「かもめ食堂」みたいに映画化されたら結構面白いと思うんだけどなぁ。
「だから何?」って感じのお話ですが、ヒロインが遭遇するドタバタは読み手にとって身近に感じられるし、高級デパートでささやかな指輪を買ったとか、ショッピング・センターで生まれて初めてピアスを開けたとか、帰国する前に思い出になるような買い物とか行動をしたりするところが「私もそうそう!」と共感できましたデス。
しかしながら真似出来そうで出来ない独特の切り口。やっぱ、これは才能ですね。
Commented by 丼ちゃん at 2007-12-15 17:26 x
懐かしい~!群さんの作品は一時期凝ってて、文庫化されたものはすべて揃えてました。あまりに部屋が狭くなっちゃったので、他の本ともども処分して、今はほとんど残っていませんが…。

この本は、自分も渡米時、あまりのイメージとの落差に愕然とした記憶があったので、「そうそう!」とうなずきながら読みました。

行きの飛行機で隣り合わせたゴジラ好きの外人さん(モスラはキライ)とか、渡米後の初ディナー(あれを読んでしばらくエビが食べたくなくなった)とか、「♪バーイタミン・ターイム」とか、同僚のエロ話(英語わからないのに、何故かその手の話はわかる)に「阿部定の話をしてやりたい!」と歯噛みするシーンとか、ムチャクチャ印象に残ってます。

ちなみに、群さんの渡米は70年代中盤のはずですよ。1954年生まれだそうなので。林真理子さんと同い年で、出身大学も学部も同じなのに、ほとんどお互いのエッセイに出てこないので、てっきり2人は仲が悪いのかと思い込んでました。後で気づいたのですが、林さんは4/1生まれなので、群さんより一学年上だったみたいです。(^^;;
Commented by marikzio at 2007-12-16 18:15
丼ちゃんも、群さんの本を読まれていたのですね!
群さんのエッセイはライトなようでいて、印象に残る描写とかエピソード、結構ありますよね。
渡米は70年代中盤のはず、というご指摘ありがとうございます。早速、訂正させて頂きました。この本が刊行されたのが89年前後のようですので、かなり前の記憶を掘り起こして書かれてるんだなぁ。登場人物の服装とか特徴とかかなりのディティールが描かれてるのがすごい。
自分も「バーイタミン・タイム♪」ど同僚のエロ話、強烈に印象に残ってます。
by marikzio | 2007-12-13 20:59 | Book | Comments(2)

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