倉橋由美子のカタルシス世界
2007年 04月 02日
倉橋由美子 (くらはし・ゆみこ)
1935年10月10日 〜 2005年6月10日
小説、エッセイの他に翻訳も手がけた、日本の文壇を代表する女流作家。
代表作に、『パルタイ』、『スミヤキストQの冒険』、そして、『夢の浮き橋』などの"桂子さんシリーズ"など。ベストセラー作に『大人のための残酷童話』があるので、これでピンと来る人の方が多いかも知れませんね。
倉橋氏は高知県香美郡土佐山田町(現香美市)出身。歯科医の長女として生まれ、日本女子衛生短期大学を卒業後、歯科衛生士国家試験に合格。その後、明治大学文学部に進学し、卒業論文にサルトルの「存在と無」を取り上げています。そして、明治大学院在学中に明治大学新聞に『パルタイ』を発表し、これが、毎日新聞の『文芸時評欄』に取り上げられたことで注目を浴びることになりました。同年、短編集『パルタイ』を上梓し、翌年女流文学賞を受賞。当時の新世代作家として、石原慎太郎、開高健、大江健三郎らと並び、称せられ、特に、大江健三郎とは、学生時代に文壇デビューし、作風が似ている、ということで比較されることが多かったそうです。
参考ページ 倉橋由美子-Wikipedia-
画像元 明治大学:Topic&News
倉橋由美子の書く小説は知的でシニカル。縦横無尽に言葉を操り、奔放なイマジネーションが放出される彼女の世界は想像を絶します。その流麗たる筆致は翻訳文学のようであり、暗号めいた呪術のように読む者を魅了するのです。
特に初期の彼女はジャン・ジュネに大きく影響を受けていたようです。そして、同性愛や近親相姦、母親殺しなど、タブーとされているものをあっけらかんと登場させては読者の度肝を抜く。「いかにもオンナが書いた」と思わせる湿度のある筆致で、性のドロドロした部分をさらけ出して行くスタイルに衝撃を受けました。高校生の私は取り憑かれたように彼女の本を読み、やや難解なところも自分の知的自尊心を刺激しました。年齢を重ねないと理解できないようなところも多かったと思いますが、思春期前後の感性にぴたっとはまる何かがあったのかも知れません。大学生になると、いつの間にか読まなくなっていました。後年の彼女は難病で体調を崩していたらしく、2005年6月10日に69歳で死去しています。
氏は「何を書くか」というより「いかに書くか」にこだわっていたようにも見えます。高校の時の友人は「倉橋由美子は他の人ならサラッと書くようなことにわざわざ複雑な比喩とか理論をくっつけて、小難しそうな文章にしてしまう。一見すごいことを書いているように見せて、実はたいしたことは言っていない」と指摘したとおり、装飾過多なのでは?と言いたくなるほど、彼女の文体はメタファーの洪水。しかし、比喩表現の一つ一つが緻密で鋭く、作者の博識ぶりや豊饒な感性が存分に発揮されているのです。まさに言葉の錬金術師!
『パルタイ』
倉橋氏の処女作。当時、彼女は25歳の大学院生。
「パルタイ」とはドイツ語で"共産党"を意味します。小説のヒロインは本人と似たような女子大生で、学生運動にのめり込んでいる恋人を冷ややかに見つめる視点で描かれています。作中「わたしはオントを感じた」というフレーズが出てくるのですが、オントってフランス語のhonte(羞恥心、嫌悪感)のことですね。今思うと初めて知った仏単語だったかも。自分は学生運動やアンポ、という年代ではないので、「ちょっとオトナ風なカッコいい作品」という印象しか持てないのですが、この文庫本に収録されてる「貝の中」や「蛇」、「密告」という短編小説はいかにも初期のネットリした作風で読み応えありました。
『倉橋由美子の怪奇掌篇』
実は、これが初めて手にした倉橋作品。母が図書館から借りて来たものを自分が見つけて先に読んでしまいました。この手の怪談物って嫌いじゃないので。
感想は「なんじゃあ、こりゃ????」。
確かに不気味で怖くて、まさに文字通り怪奇物なのですが、読んでみてどこか消化し切れないと言うか、後味が悪かったのですね。こんな変なお話を書くオバサンって怖い〜と思ったものです。それから、ほどなくして友人から 『聖少女』 を借りて読むことになるのですが、同じ作者が書いたということに全然気づいていませんでした。
『アマノン国往還記』
これは泉鏡花賞受賞作品。長年鎖国を続けて来た謎のアマノン国にやって来たモノカミ教の宣教師。アマノン国は女性上位の社会で、女は結婚をせず人工受精で子供を産み、男達はしごく少数派でその価値を非常に低く見られていました。
「これはモノカミ教の道理に反する」と宣教師は、「オッス革命」を発起することを決意。テレビ出演して、アマノン国の女性たちを相手に"自然の営み"をやってみせることで、革命運動を広げて行こうとするのです。彼の武器はハンサムな容貌と、とてつもなく大きな○○○。
アマノン国の美少女ヒミコが宣教師のスクレ(秘書)となりますが、宣教師に恋したヒミコは彼がいろんな女性と****を繰り広げるのに嫉妬し、ななななななんと彼の大事なお道具を....。(以下自粛)
この作品に出てくる"アマノン国"は日本のことを暗示し、モノカミ教とはキリスト教のことらしいです。日本の天皇制を批判している、とかで右翼団体が騒いだ、というエピソードもあるらしいのですが、何にも知らないお子ちゃまだった私には、これのどこが天皇批判になるのか判りませんでした。単純に面白かったのです。
そういういざこざもあってか今は絶版状態ですが、ネットでダウンロードできるし、古本屋に行ったら、文庫本もありました。
『スミヤキストQの冒険』
これは初期時代の代表作ですね。スミヤキ党員の工作員Qがある孤島に潜入して、感化院の指導員になる、というお話。文庫本を友達から借りて読んだのですが、どんなお話だったがほとんど憶えてないのです。(←おいおい)
その感化院では人肉を食していた、と紹介されているので、あまりにも怖くて読んだ記憶をさっさと消去してしまったのかも知れません。(笑)
『大人のための残酷童話』
今思うと、倉橋由美子は「残酷童話」ブームの火付け役だったのかも知れません。
これは立ち読みで済ませたのですが、「上半身が魚で下半身が人間の人魚姫」が強烈でした。浜辺で気を失っている王子に一目惚れした人魚姫が起こした行動とは...。あと白雪姫が7人の小人のお相手をする、ってエピソードは意地悪過ぎます。(汗)
『老人のための残酷童話』
ベストセラーになった「大人のための〜」のシリーズ物なんでしょうか。私はまだ読んでないので、気になっています。
「ヴァージニア」
夫の仕事の関係でアメリカはヴァージニアで過ごすことになった作者。そこで、ヴァージニアという女性と知り合いになる。
特にドラマチックな展開もないのですが、なかなかの珠玉作品。これを読んだ自分はまだ子供だったので、この作品の持つ魅力の半分くらいしか理解できなかったかも。もう一度読み直してみたいと思う作品です。
彼女の作品はここからダウンロードすることもできます。(有料)
楽天ダウンロード 倉橋由美子
彼女のエッセイもよく図書館で読みましたが、頭脳明晰で辛辣、という印象が強かったです。「いやらしい文章を書く人はまぎれもなくいやらしい人であるが、素晴らしい文章を書く人が、そのままの人格者であるか、というのは別である。」というようなことを語っていたような気がします。また「世の中には"パリ"と聞くと、『まあ、パリ』と目を輝かせてうっとりする人々の実に多いこと。パリのどこがそんなにいいのやら。自分には理解できない。」というようなことも書いてたのを読んだような気がするのですが、当時の自分はおフランスかぶれではなかったので、「ほんと、何かって言うと『パリって素敵!』って目を潤ませる人がいるけど、私にもわかんなーい!」と鼻で笑ってしまいました。しかし、今思うと、『聖少女』 って、倉橋氏のフランス、あるいはフランス的なものに対するオマージュですよね。
しかも、彼女は明治大学でフランス語を学んだらしく、多くの翻訳も手がけています。
シェル・シルヴァスタイン
「ぼくを探しに」 「ビッグ・オーとの出会い 続・ぼくを探しに」 他
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
「新訳 星の王子さま」
この「新訳 星の王子さま」が倉橋氏の遺作となったそうですよ。
わたしは「アマノン」は結構大人になってから読んだのですが、天皇制の批判をガンガン感じました。(これはヤバいんじゃないかと思った) 彼女の本、廃盤が多いけど、図書館にぽっくりと置いてあったりして、ドキドキしますね~。「蠍たち」っていう初期の短編もインパクトがありました☆
>わたしは「アマノン」は結構大人になってから読んだのですが、天皇制の批判をガンガン感じました。(これはヤバいんじゃないかと思った)
そうなんですね。やっぱり、もう一度読んで見ようかな。「ほんだらけ」(古本屋さん)に文庫本があったので、救出しにいこー。
初期作品はいろんな意味で若さを感じますね。時代背景のことも含めて。"昭和"って感じです。
『倉橋由美子全作品集』は、高値がつきそうな古書ですね。それを持ってるなんてすごいです。ジャンヌさんは、倉橋作品に愛着をお持ちなんですね。一緒に海を渡って、故倉橋氏も喜んでるのではないでしょうか。彼女の作品って、ドイツ語やフランス語に翻訳されて紹介されていたこともあるみたいですね。あの複雑怪奇な彼女の日本語を翻訳するのは無理だと思ったのですが。
私は「夢の浮橋」は買ったまま、未読のまま放置してしまい、どこに行ったかわからなくなってしまいました。倉橋先生、ごめんなさい...。
『倉橋由美子全作品』は『スミヤキストQ』が収録されていない欠陥全集ですが、
「作品ノート」と題された自作解説(自作を斬る!)が面白い。
お気に入りは2人称小説の『暗い旅』。
『わたしのなかのかれへ』の古本を風呂場に常置して、湯舟の中で読破しました。
‥‥『老人のための残酷童話』の「地獄めぐり」も凄いですよ^^;
澁澤龍彦氏が『全作品』の推薦文を書いていました。
《観念の卵。抽象の芽。(中略)彼女が女性であること自体、
1つのパラドックスではないか。
若者諸君、今こそ私小説を蹴っとばして、倉橋さんの全作品を座右に置きたまえ》
「自作解説」があったとはすごいですね。頭が切れて辛口な彼女が自作をどのようにコメントしてるか興味あります。
自分を「あなた」と呼ぶ2人称は当時斬新だと言われた手法ですよね。『老人のための...』は是非読まねば。
あの澁澤氏にそこまで言わせるとは、やはり彼女の存在は並じゃなかったんですね。