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「ブレストの乱暴者」  ジャン・ジュネ  澁澤龍彦 訳

ブルターニュ地方に属する、濃い雨と霧に覆われた港町、ブレスト。
作者にとって、殺人の観念は海と水兵のそれに通じるものがある。殺人と船乗り、犯罪と海。
作者にとって、水兵の制服はエロチックなイメージを喚起させる。
"ブレストの乱暴者"とは、主人公、ジュルジュ・クレルのこと。彼は軍艦の乗組員であり、麻薬の運び屋であり、平然と殺人を犯す犯罪者。15歳から不良の世界に入り、裏街道で生き抜く道を好んで選んだ男。
物語は、ブレストの港に通報艦《復讐号》が停泊するところから始まります。

波止場や狭い街路、酒場に溢れる水兵たち。
船員たちにとって、ブレストは《ラ・フェリア》の町。《ラ・フェリア》とは誰でも名前だけは知っている、有名な淫売屋のことなのです。
一番名前の通った店でありながら、彼らのほとんどは、そこの暖簾をくぐったことがなく、その曖昧屋の実態を知らない。
《ラ・フェリア》は、女主人リジアーヌが夫のノルベール(通称ノノ)と共同経営する売春宿でしたが、水兵たちの間で囁かれている噂がありました。
年増だが、まだまだ女ざかりのリジアーヌ夫人に言い寄る男は、まず夫ノノの物にならなくてはいけないとか、ノノとダイスをして賭けに負けた者は彼に尻を貸すことになる、とか。そういうわけで水兵たちにとっての《ラ・フェリア》は嘲笑や罵倒のネタにされるべきものであり、怖れを抱くところでもあったのです。

クレルは、弟のロベールが《ラ・フェリア》の女主人リジアーヌの情夫になったことを彼の手紙で知ります。
自分瓜二つの容姿を持つロベールは、仕事にあぶれてしまい、友人に会いに行ったところを、リジアーヌ夫人に見初められ、彼女のところに身を寄せるようになっていたのです。リジアーヌ夫人の方から彼を気に入ったので、ノノの洗礼は受けていない。
クレルは密輸した麻薬を現金で取引したいため、弟のいる、《ラ・フェリア》を訪れます。
クレルは淫売屋の亭主の、落ち着き払った冷静な態度、警官マリオの氷のように冷ややかな視線に圧倒されている自分に気づくのです。自分の提供する商品、自分の持つ肉体的魅力にも動じないような無関心さ、淫売屋の主人の並外れた逞しさと警官にはふさわしくないようなマリオの美貌に、クレルは強固な男性性を認めてしまう。これまで出会ったことのない、自分に匹敵するほどの、真に男性的な男たち。緊張で全身が強張る自分。
《おれは水兵だ。安給料しかもらってねえんだ。別口の小遣い稼ぎが必要になってくらあ。恥ずかしいことなんかあるもんか。麻薬(ヤク)のことで話をもちかけただけなんだ。文句を言われる筋はねえや。たとえ警官とだって俺は寝てやるぜ》
アウト・ローな淫売屋の亭主ノノと警官の身でありながら、いかがわしい《ラ・フェリア》に入り浸るマリオ。二人の存在は、クレルの中にさざ波のような動揺を広げます。
軽蔑が賛嘆に変わる瞬間。

我々の期待通り(?)、クレルはノノとの賭けでイカサマをしたことがばれ、その罰として、お尻を差し出す展開となります。なぜ、クレルは同性愛者でもないのに、わざわざ悪名高き《ラ・フェリア》に乗り込んで行ったのでしょうか?
表向きは「リジアーヌ夫人と寝てみたい」という口実もあって、ノノに勝負を挑んだのですが、リジアーヌ夫人は自分の実の弟の愛人でもあるのです。
訳者の澁澤龍彦は『ブレストの乱暴者』は殺人者として生きて来た自分の罪を贖うために、すすんで受け身の男色者に変貌させて行くという"贖罪の物語"だと分析しています。
ノノに貫通されることは、新しい自分になるために必要な通過儀式。クレルは本能的に直感し、行動したに過ぎないのかも知れません。

クレルを取り巻く人間模様は極めて複雑。
クレルに恋い焦がれながらも、その思いを打ち明けられず、熱情を手帖に書き留めておくことしかできない、上司のセプロン少尉
彼の記述によって、クレルがどんな容姿をしているかを読者は知ることになります。
"愛し合うほどに、そっくりな"弟のロベール
クレルがリジアーヌ夫人の次の情夫になろうと目論んだのは、もう一人の自分と寝た女を物にして見たい、という近親相姦的な感情が絡んでいたのかも知れません。しかし、ロベールは小説の中で、きわめて淡泊な存在になっています。アクの強い、曲者ぞろいの登場人物たちの中で、ロベールは物語の展開上、必要なために書き添えられただけ、という印象がしなくもありません。
リジアーヌ夫人は、次第にクレルの方へ心を動かされて行きます。
「クレルのアレって、ロベールのより大きくて立派で硬いのかしら?」(←ジュネ&澁澤さんったら、乙女に何てことを書かせるんでしょう!)
そして、警官マリオとも関係を結ぶことになるクレル。
「ノノから話は聞いたゼ。俺だけ指くわえて見てる、って話はないだろうが」
そして、ジュネのしかけた罠に落ちようとしている、二人の少年、ジルとロジェ...。

ジュネの描く世界のほとんどは犯罪と男色がコンセプト。次々と登場する人物や事件がすべてエロに結びついていくのです。クレルが人を殺す場面でさえ、退廃的で美しい。
まさに、フランス版"さぶ"の世界!

『ブレストの乱暴者』は映画化されています。
「QUERELLE」 (邦題 『ケレル』)   1985年
「ブレストの乱暴者」  ジャン・ジュネ  澁澤龍彦 訳_b0069502_21185652.jpg

監督  Riner Werner Fassbinder
出演  
ブラッド・デイビス、ジャンヌ・モロー、フランコ・ネロ、
ギュンター・カウフマン
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原作では、ケレルって20歳の美男ということになってますが、映画ではご覧の通り、胸モジャ(胸毛モジャモジャのこと)のおっさんです。美貌の警官マリオも、あれじゃ、ただのハードゲイ。でも、ジュネ的には、これが正しいのかも知れません。
映画「ケレル」は映画界の巨匠ファスビンダーの遺作でもあり、主演のブラッド・デイビスはエイズで他界しています。
そのデイビスさんの代表作にオリバー・ストーン監督の「ミッドナイト・エクスプレス」がありますが、無実の罪でトルコの刑務所に投獄されたアメリカ人、という役どころで、恋人が面会に来た時のシーンが強烈。ジム・キャリーがパロってたので、ある意味名場面なんでしょう。

映画の冒頭、軍艦が黄金色に染まった波止場に着くところから始まりますが、船乗りたちの会話で「女の熱いアソコが待ってるゼ...。」という台詞があります。私はここで、日本の炭坑夫の「馴染の女を抱きてぇ」というギャグ?を思い出してしまいました。
原作の中でクレルはリジアーヌ夫人と寝室を供にしますが、映画のケレルは夫人とは寝ません。ここだけが原作と違うところでしょうか。
ジャンヌ・モロー演じるリジアーヌが同じ歌を歌うシーンが何度か出て来て、とても印象に残っています。

You Tubeで動画がアップされてました。

querelle fassbinder jean genet

久しぶりに再会したケレルとロベール。
しかし、ロベールは兄のケレルに侮蔑を込めて「オカマ掘られ野郎」と罵倒し、兄弟は殴り合いに。ナイフまで飛び出し、殺し合いにまで発展するのか!?という場面ですね。

querelle -Gay kisses

石畳と岸壁。いかにも人工的な夕陽や昔風の音楽など独特の映像世界を創り上げています。
個人的にはジャンヌ・モローの歌唱シーンをもう一度見たかったな。私、いまでも鼻歌でハミングすることができますから。
ら・ら・ら・らららら〜♪
by marikzio | 2006-08-06 21:19 | Book | Comments(0)

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