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「幽閉」  アメリー・ノートン  傳田 温 訳

Bookカテゴリ第4弾は今度で登場3回目のアメリー・ノートン。
私の読書傾向、偏ってますね。ノートンしか読んでないわけではないのですが、ノートンの翻訳はまだ少ないので、つい飛びついてしまうのです。何とかお付き合いください。

「あの島で誰かが私を必要としている気がする。」
30歳の美しき看護婦、フランソワーズ・シャべーニュはヌー病院の院長に、孤島に住む老人、オメール・ロンクールの世話をしてくれないか、と持ちかけられます。
モルト=フロンチェール(死の境界?)という名前の小さな島、ヌー港から1日一往復しか船の出ない孤島に住む、その変わり者の老人は大金持ちで報酬はいくらでもはずむと言う。
すでに「看護婦は眼鏡をかけていてはならない」という条件をつけていましたが、フランソワーズはあっさりと引き受けてしまいます。理由は誰かがそこで自分を待っているような気がしたから。

ロンクールと対面した看護婦は「おまえがこれから世話をするのは私ではない。」と言われます。昔、船長をして世界中の海を渡ったという、その老人は実はもうすぐ23歳になろうとしている若い女性と暮らしていて、その彼女が病気になったというわけなのでした。
その女性は18歳の時に爆撃に遭い、両親を一瞬にして失いました。焼け野原で船長に発見され、彼にこの島まで連れてこられたのです。
その少女の名前はアゼル。爆撃で父と母を失い、その上、自分の美しい顔がめちゃめちゃになってしまったと船長に告げられた哀れな少女は我が呪われた運命に絶望し、人目を避けるべく、離れ小島で見ず知らずの老人とともに暮らすことになったのでした。

フランソワーズは船長に、「アゼルの顔を見て、びっくりしたような表情を絶対にしてはならない。」と禁じられます。そして、「事務的なこと以外の話、質問をしてはならない。もし、そこから外れるようなことをしたら、おまえも二度とこの島から出られなくしてやる。」という警告が課されました。

アゼルの顔を見て、激しい衝撃に襲われたフランソワーズ。努めて表情に出さないようにしたものの、アゼルにそれを見破られてしまいます。
しかし、アゼルはフランソワーズの到来を心から喜び、「ずっとここにいて。」と姉のように慕います。NY生まれで裕福な家庭に育った美少女、アゼル。両親とともに世界中を旅して、幸せだった子ども時代。ポーランド人の父親が事業に失敗し、母の故郷である、フランスにやって来ましたが、生活を建て直すことが出来ませんでした。

爆撃ですべてを失い、ロンクール船長とともにやって来たこの島での生活は牢獄そのものでした。屋敷の窓はすべて自分の身長より遥かに高い位置にあり、お湯を貼るためのバスタブもありません。水を飲むコップは全てやすりで傷をつけられ、光沢がありません。これは、アゼルの顔がガラスや水に映ることがないようにするため。ロンクールが最初、「看護婦は眼鏡をかけていないこと」を条件にあげたのも眼鏡のレンズに顔が映るからだったのです。
ロンクールとアゼルは50歳以上も年が離れていましたが、老人は一年前から、彼女のベッドに入ってくるようになっていました。おぞましい事このうえないが、こんなふた目と見られない顔の自分を保護してくれるロンクールがいるから、自分は生きていられるのだ、という思いでアゼルは老人を受け入れ続けてきました。
美しい看護婦と哀れな少女の間には友情が育まれていきました。フランソワーズはアゼルをこの牢獄から何とか救い出してやりたいと考えます。

実はロンクールは、20年前にも美しい少女をこの島に連れてきて、10 年間ここで幽閉していた、という事実が明らかになります。しかもその少女は海に自ら身を投げました。
その美女の名はアデル。みなしごだった彼女とロンクールはあるダンス・パーティで出会い、ロンクールは輝くばかりのアデルに一目で心を奪われます。ところが、その夜、突然火事になり、ロンクールはアデルの顔を上着で覆って燃えさかる会場から救出。その時、あなたの美しい顔は炎で焼けてしまったと、彼女に嘘をつき、島に連れてきたのです。
自分の顔が見れないような造りの屋敷はその時、作られました。家中の鏡という鏡は取り去られ、アデルが自分の顔を見せてくれと懇願しても、彼は絶対に鏡を覗かせることをさせませんでした。一度だけ、特別に作らせた鏡を彼女に見せました。その鏡は中に映るものが歪んで見えるように細工されていたので、この鏡を見たアデルは、すっかりロンクールの話を信じ込んでしまったのです。

このことを純真なアゼルは知らない。
アゼルは老人に愛されているとばかり思っているけれど、過去に自分と全く同じ状況だった人物がいて、彼女はその繰り返しでしかないことを知らない。
このことを教えてあげなくては。そして、もう一つの真実も...。
フランスワーズの企ては結局、ロンクールの知るところとなり、最初の警告どおり、彼女はこの孤島、モルト=フロンチェールから出られなくなってしまいました。
アゼル共々、この島に幽閉されてしまった美しき看護婦。果たして、二人の運命は...。

老人ロンクールに対する、フランソワーズの言葉は一貫して辛辣で、毒の効いた皮肉に満ちています。ここはノートンのデビュー作、「殺人者の健康法」の中でも若い女記者と謎に満ちた老作家が繰り広げる対話と一緒だと思いました。日本を舞台にした「畏れ慄いて」でも外人OLのアメリーと女上司のフブキが緊張感溢れる攻撃的なやりとりの場面がふんだんに出てきます。
どうやら、この作家は登場人物たちに好戦的な会話をさせるのがお好きなようです。

この本を読まれた方々の中に「これは恋愛小説である」という意見もありましたが、私はあまりそう思いません。作者自身が「こういう愛もあり、よね。そうでしょ。」と強引に引っ張っているような気がして、どうしても恋愛小説とは思えないのです。
自分は醜い、と思い込むアデルが「なんでこんな私を求めるの?」と老人に聞く場面があります。「おまえの美しい心が好きなんだ。」と嘘をつくロンクール。
「それじゃ、心だけで満足してもらいたい。」とアデルに言われ、傷つく醜い老人。本来ならば、決して自分のような者が物にできるような相手ではないのです。
そして、アゼルにも全く同じことを言われるのです。ここの所はとても印象に残りました。

途中で、思わぬ種明かしがあるのですが、それも、「あ、やっぱりそう来たんだ。」という感じがして、意外性はあまりなかったです。
この物語の結末は二通りあります。最初、あっさりしたハッピーエンドで、その後、「もう一つの結末として」、前者と全く違う内容が続いています。「どちらか好きな方を選んでくださいね。」、というインタラクティブ的なものではなくて、一見平和なラストに見せかけて「そんなハッピー・エンドで終わるわけないでしょ。」と、本当の終わり方をこんな形で示しているのだと思います。やはり、一筋縄でいかないアメリー女史です。
原題は「Mercure」。『神々の使者、マーキュリー』や『水銀』などの意味を含んでいるものの、日本語ではこれらを同時に表す言葉がないために、「幽閉」という邦題にしたそうです。
『水銀』もまたこの物語の中のキーワードの一つになっています。

アメリー・ノートンの翻訳された小説は読みやすく、一日で読めてしまう程度の長さなのですが、この小説の中には「パルムの僧院」や「吸血鬼カーミラ」など多くの文学作品が会話の中に登場しています。いづれも私は読んだことがありませんが、これらの作品がこの物語について何らかの暗示を与えているようです。「パルムの僧院」を読んだら、この小説がより面白くなるのかも知れません。
ノートンの小説は一見親しみやすいようでいて、いろんな古典から引用があったり、象徴的な描写があったり、よほどのインテリでないと理解できないようなところもあります。
しかしながら、marikzioのように何の知識も教養もなくても、自分なりに楽しんでいるのだから、小説の愉しみ方は本来、それでいいのかも知れません。(ただの言い訳? f^_^;)
by marikzio | 2005-03-23 20:46 | Book | Comments(0)

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