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「ツ、イ、ラ、ク」  姫野カオルコ

2003年、第130回直木賞候補になった、長編恋愛小説。著者にとっては97年の『受難』に次いで2回目のノミネートとなりました。

主人公の名は森本隼子。近畿地方のどこかにある、長命市という架空の町で生まれ育ち、物語は彼女の幼少時代から33歳までを描いていますが、中核となるのは、中学校時代。
14歳の少女が23歳の若い教師、河村と出会い、激しい恋に「墜落」していく様を豊饒な筆致で綴られています。

女子グループの中で孤立するようなタイプではないが、甘い物を好まず、男の子の噂話よりもテレビドラマのヒーローと逢瀬を重ねる空想に耽るのが好きな隼子。お化粧セットにも、同級生の男子にも興味がなく、グループ内で一人の人間が実権を握り、皆がそれに従うことにも疑問を抱いています。
子ども時代は決して純真無垢なばかりではありません。家が金持ちだとか、貧乏だとか、可愛い容姿をしているとか、勉強ができるとかできないとか、知らないうちに相手を値踏みし、ランクづけがなされていたことを思い出しました。

友達の兄たちに「ありゃ、ようない」、「あの子は早熟や。子どものくせにどこ見とるかわからん。」と言われた隼子は、ちょっと大人びた雰囲気の中学生に成長します。イアン・マッケンジー(架空の歌手)のエロチックな歌詞に陶酔し、学年のベスト・スリーには入らないけれど、すらりとした長身と脚線美で一部の男子生徒の目をひくような隼子。

担任が産休に入ることになり、そこへ代替教師として、河村礼二郎が赴任して来ます。「教室に入って来たのは大学を卒業して二年目の、早生まれの二十三歳の、痩せぎみの、長い前髪が額にかかる、要はちょいといかしたあんちゃんだった。」
最初、隼子は河村のことを「うっとうしい前髪だ」としか思わず、他の女子生徒のように騒ぎ立てるような気にもなりませんでした。ところが、ふとした事件がきっかけで、自分の中に眠っていた何かが目覚めてしまいます。

「14歳のくせに生意気な女だ。」と隼子のことを思っていた河村。自分から車に乗せてと、誘ってきた教え子に対し、「あまり男を見くびるな」と言って押し倒してしまいます。
鍵と鍵穴が合致するように扉が開き、禁じられた関係でありながら、お互いにのめりこんでいく二人。
もちろん、教師と教え子が関係をもつことは現実問題として関心できません。しかし、まだ14歳でありながら、自分が求めているものを満たしてくれる相手を本能的に嗅ぎつけ、磁石に吸い寄せられるように愛に溺れていく官能的な展開が圧巻です。
それにしても、登場人物の話し言葉になっている関西弁のなんと艶やかなこと!こんな色っぽい方言をお国ことばとして操れるなんてうらやましいです。

最初、この本を手にした時、「なんで中学生なの?せめて高校生でしょ。ちょっと無理があるんじゃない?」と思いました。
しかし、中学校の頃って、いろんな意味で感覚が生々しかった時代。仲間同士のかけ引きや、性に対する好奇心、人が自分のことをどんな風に見ているか、気になってしかたのない時期だったような気がします。
森本隼子みたいな中学生がいたら、羨望の的になるか、反感をかうかのどちらかだったでしょうね。

この倫ならぬ恋は、当然ながら学校で噂となり、隼子を守るべく河村は別離を決意します。そして、隼子は河村の言いつけ通り、高校時代は誰とも関係を持たなかったものの、大人になってから、河村の代わりになってくれる男を求めて不毛な男性遍歴を重ねます。
「君にはついていけない。」そう言って男は彼女の元を去っていくのでした。
ラストがちょっとねぇ、出来過ぎ、という気もしなくはなかったです。でも、これはラブ・ストーリーなんだし、ハッピー・エンドで終わってくれた方が読者にとってもストンと落ちやすいでしょう。

姫野カオルコは1958年、滋賀県生まれ。青山学院大学文学部在学中にいくつかの雑誌でリライトやコラムを受け持つなどの活動をしていましたが、90年、小説『ひと呼んでミツコ』でデビュー。私小説であり、本人が「処女三部作」と称している『ドールハウス』、『喪失期』、『レンタル(不倫)』の他、『整形美女』、『終業式』、そしてエッセイなど、著作は多様。
彼女の描く登場人物には共通点があって、生真面目すぎて痛ましいほどの倫理感のため、世間一般との間にズレが生じる滑稽さが描かれていることが多いです。また、本人が育った家庭環境のためか、家族に対するこだわりがとても強くて、しつこいぐらいに感じることもあります。
この「ツ、イ、ラ、ク」は同氏の著作にはこれまでなかった作風であり、新境地を開いたと言ってもいいでしょう。

女性のエロスをテーマに女流作家たちが書き下ろした短編集「Female」にも執筆しており、これがオムニバス映画として、Jam Filmが制作しました。
姫野氏の書いた「桃」、長谷川京子主演で撮影済みです。短編映画ながら、彼女にとって自分の作品が映像化されたのはこれが初めてであり、どんな作品になっているのか楽しみです。
姫野カオルコ公式サイト
by marikzio | 2005-03-02 00:14 | Book | Comments(0)

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