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レオポルド・フォン・ザッハー=マゾッホ =『魂を漁る女』藤川芳朗 訳 

もう、かなり、かなーり前に、こんな投稿をしてたんですよね。

過去記事 L.v.S=マゾッホ 『魂を漁る女』

「オーストリアの作家、レオポルド・フォン・ザッハー=マゾッホ の本を買ったので、これから読むところでーす♪」という趣旨の書き込みだったのですが、その本のレビューというか、その後の経過が報告されないままに、どっか行っちゃってました。
いえね、本を開くことは開いて、途中までは読んでたんですよー。決してつまらなかったわけではないんですが、読みかけのまま、放置されちゃって、月日が流れてたんですよねぇ。
今年に入ってから私は、お風呂で本を読むのが習慣になってまして、毎晩10分〜15分程度の読書タイムで、何冊か読破してるんですが、忘れかけていたマゾッホさんの『魂を漁る女』をついにこの間読了いたしました!
そしたら、ああた。これが面白いのなんのって。止められないとまらない、かっぱえびせん状態。これを読みかけのまま、3年も放ったらかしにしてたなんて、

てめぇの馬鹿さ加減にゃあ、
父ちゃん、情けなくて、涙出てくらぁ!


ぐらいの衝撃!!!
....って、言うのはちょっとばかり大袈裟ではありますが、晴れて読了したと言うことで、3年越しのレビューを書いてみたいと思います。

魂を漁る女

レオポルド・フォン・ザッハー=マゾッホ / 中央公論新社



舞台は19世紀の古都キエフとその周辺。
若き士官、ツェジム・ヤデフスキが休暇を利用して、勤務地キエフからほど近い領地に住む母の元へ帰郷するところから物語が始まります。
家路へと急ぐ森の中で、彼は不吉な断末魔のような叫び声を聞き、川の向こうで白い衣を着た不審な人々の影を目にしますが、彼らの正体を突き止めることは出来ませんでした。
故郷には母とは別にもう一人会いたかった人物がいました。ツェジムの幼馴染みであるドラゴミラ。子供の頃は毎日のように一緒に遊び、自分のお嫁さんになると言っていた彼女はきっと美しい女性になっているに違いない。
しかし、ツェジムと再会を果たしたドラゴミラは彼が夢に思い描いていたような女性像とは少し違っていました。彼女は母親とともに異端信仰にのめり込んでいて、世捨て人のような隠遁生活を送っていたのです。尼僧のような地味で簡素な身なりをして、納骨堂のように冷え冷えとしたお屋敷で母と二人、ひっそりと生きているドラゴミラ。心臓が大理石でできているかのように淡々として、感情のこもらない顔と声で彼女はいまや美青年に成長したツェジムを迎えるのです。
しかし、百年の恋は冷めるどころか、ますます火に油を注がれるようにツェジムの情熱は燃え上がります。ドラゴミラはすらりとした長身で、稀に見る美貌の女性へと変貌を遂げており、修道女のように質素な衣服には不似合いな、生命力に溢れた見事な体つきをしていました。
ツェジムは幼馴染みのよそよそしい態度と厭世的な生活ぶりに戸惑うものの、ドラゴミラの高貴な美しさに心を打たれ、自分も今や自信に満ちた一人前の男でありことも手伝って、熱烈に求愛します。
しかし、ドラゴミラは信仰に身を捧げたために、女が望むようなことを全て諦めたのだ、とツェジムの愛を頑なに退けるのです。
「君は僕のためにこの世に生まれて来たんだ。僕の妻になって欲しい。」
「お願いだから、私を愛さないで」
「他に愛している人がいるんだね。はっきりそう言ってくれたら。」
「いいえ、誰の妻にもならないわ。そして、私はあなたを愛してはいません。そして、あなたは私があなたを愛していないことを神に感謝するでしょう。」

しかし、そんなドラゴミラに思いがけない転機が訪れます。
彼女の教団の指導者アポストルから、「今すぐキエフに行け」と命じられるのです。目的はキエフにいるソルテュク伯爵に近づき、改心させること。あるいは、生け贄として神に捧げるのです。彼女は荒野の贖罪者のように、その存在を消すべくしてひっそりと生きる生活から一転、キエフの華やかな上流階級世界に入り込むことを命じられました。
「向こうに行ったら、一人でも頼れる誰かがいた方がいい。お前に夢中になっているあの若者に希望を持たせて、味方につけておけ」というアポストルの言葉に従い、ドラゴミラは「キエフに住む年老いた伯母の世話をしなければいけないことになった」と言う口実を作り、自分も一緒にキエフまで連れて行って欲しい、とツェジムに頼みます。その上、「私には知らない土地で自分を守って下さる男の方が必要なの。私のための騎士役になって」とまで言われ、ツェジムはすっかり有頂天。ほら、未来にはまだ、希望が残されてるじゃないか!
夢見心地のツェジムと心に暗い画策を抱くドラゴミラ。二人がキエフへ向かう途中、日がとっぷり更けた、暗い森の中の沼地の向こうで、赤い亡霊のように浮かび上がる鬼火が見えました。不吉な輝きを放つ、その暗い灯火はこちらに向かって手招きしているように見えます。
「あれはまさに私の姿。私もあれと同じ鬼火なの。だから、私の後を追わないで。たとえ、私が手招きしても絶対に駄目。泥沼にはまり、身を滅ぼすことになるわ。」

ところが、ところが。
それから数日も経たないうちに、ツェジムは別の女性に心を奪われてしまうのです。
母の友人のオギンスカ夫人の娘、アニッタ。まだ10代かそこらの天真爛漫な美少女とツェジム青年は、出会った瞬間にお互いが一目惚れ。「私を愛してはダメ」とか言う高慢ちきなドラミゴラのことなんか、一瞬にして飛んでしまいます。
おいおい、ツェジムっ!あれだけ情熱的に、しつこくドラゴミラを口説いておきながら、この変わり身の早さって、一体...。
しかし、一目惚れ人間がもう一人登場。キエフで一番の権力者であるソルテュク伯爵。彼は偶然にアニッタちゃんを見かけた瞬間に、その愛らしさに惚れ込んでしまうのです。
よりによって、悪名高きソルテュク伯爵!!!これまた稀に見る美男子で大金持ちなのですが、暴君ネロのような性格と素行に加え、女癖が悪くて有名な人物だったのです。「娘たちや若い人妻はみんなソルテュク伯爵には気をつけろ」と言う言葉があちこちで聞かれるほどの道楽男。そう、この彼こそが、まさにドラゴミラが狙う人物でもあったのですが。
節操がないうえに、蛇並みの執念深さを併せ持つ伯爵は連日、アニッタちゃんの家に通いつめます。ろくでなしで知られるソルテュク伯爵ですが、なんてったって伯爵夫人ともなれば、一生面白可笑しく暮らせることが保証されたも同然なので、アニッタの両親は万々歳。でも、アニッタは、この男に邪悪な何かを感じて、二人っきりになるのが不安でたまりません。それに、彼女には将来を誓い合った人が既にいるのです。ソルテュク伯爵と無理矢理結婚させられる羽目になる前に、愛するツェジムと一緒になってしまおう。
若き恋人達は逃避行を企てようとしましたが、二人の恋はあっさり破局。今すぐにでも駆け落ちしようと持ちかけるツェジムに、「やっぱり、大事に育ててくれたパパとママを裏切れない。もう少し待って」と尻込みしたアニッタに彼はカッとなって、「じゃあ、僕達はもう終わりだ!」と口走ってしまったのです。気の短い男よのぅ。

ツェジムとオギンスカ家のご令嬢が恋に落ち、あっという間に別れてしまった、という噂がドラゴミラの耳に入り、彼女は思いがけなく動揺してしまうのです。あれだけ、自分に熱を上げていたはずの幼馴染みが、こうもあっさりと他の女性に心を移してしまった。大理石で出来ていたはずの心臓が、初めて締め付けられるように疼き、ドラゴミラはツェジムを愛していたことに気づくのです。
傷心のツェジムは久々にドラゴミラの元へ。(こいつも節操なしだな)
やはり自分の愛する女性はドラゴミラしかいない、と彼は確信し、アニッタの存在で女としての感情が目覚めてしまったドラゴミラもツェジムを受け入れる方向へと向かいます。でも、彼女はまだ躊躇っていました。ツェジムと愛し合うことが自分にとって何を意味するか、それを考えると、身震いするほど恐ろしいことだったから。自分は信仰を捨てることが出来ない。ツェジムと結婚したら、いつかは、彼を神に捧げなければならないからなのです。愛する男をそんなことに巻き込みたくはない。だから、彼女は冷淡にも彼の求愛を撥ね付けていたのです。

やがてキエフには謎の殺人事件が連続して発生します。どうやら、闇で暗躍する宗教団体 <<天の寄進者>> による宗教殺人なのでは?という噂が持ち上がります。
そして、それと同時に、謎の貴婦人、ドラゴミラ・マルーティン嬢の存在がキエフの上流階級者の間で話題になり、ほどなくして、彼女は社交界デビューを果たし、ついにソルテュク伯爵の前に登場。
「この女こそ自分の同士だ」と見抜いた伯爵。「この男をたぶらかすのは容易い」と踏んだドラゴミラ。魂の根底で同じ闇の部分を持つ一組のソウルメイト達の視線が交差する。
アニッタからドラゴミラへ。ソルテュクの熱烈な求愛が始まり、ドラゴミラは獲物の周りに蜘蛛の巣を張り巡らすようにして、ソルテュクの心を絡めとって行く。私はこんな馬鹿オトコなど愛するようにはならない、と髙を括りながら。

これ、登場人物が美形揃いに加え、豪奢な邸宅、趣向を凝らした絢爛たる饗宴、闇の宗教団体による残虐な拷問や殺戮場面など視覚に訴える描写が目白押しです。特に女主人公が質素な尼僧姿から男装の麗人、スルタンの妃やエカテリーナの扮装、妖艶な毛皮姿でソルテュクを誘惑、などのドラゴミラ七変化。これは映像化したら、さぞかし目を楽しませてくれるでしょう。ストーリー展開もテンポ良く、文学というよりはエンターティメントに徹した作品。むしろ、あからさまなサービス過剰ぶりに辟易した程です。この読者サービスは貧困に窮していた著者が少しでも売れるように、あれもこれも、とてんこ盛りにしたせいかも知れません。次々と繰り返される拷問や殺人シーンもホラー風味であるし、ザッフェル・マゾッホと言えば、マルキ・ド・サドがサディズムの語源となったように、マゾヒズムの起源と言われている作家さんですから、毛皮や鞭、女の前で男が跪いたり、首を踏みつけられるお約束シーンもバッチリ。また、アニッタの親友ヘンリカがドラゴミラに魅せられ、彼女の婢女になる、というレズビアンっぽい要素もあります。今まで映画化されてないのが不思議なくらいです。

でも、私が一番興味深いと思ったのはドラゴミラとソルテュク伯爵の宿命ともいうべき関係です。ヒロイン、ドラゴミラに対し、男主人公はツェジムだと思っていましたが、かなり後半になって男主人公は、実はソルテュク伯爵だということが明らかになります。ツェジムもアニッタちゃんも、ドラゴミラとソルテュクの存在を引き立たせる添え物でしかなかったのですね。
ずっと難攻不落だと思われていたドラゴミラですが、ソルテュクに「あなたの手が血で汚れていることを知って、ますます惹かれてしまった。私とあなたには神と世界に反逆する血が流れている者同士なのです」と言われ、魂の奥底から揺さぶられてしまいます。これは初めて自分の中に流れる激しい感情でした。ソルテュクに荒々しく抱き寄せられ、思わず恍惚としてしまうドラゴミラ。その場で彼のプロポーズさえも承諾してしまう。もちろん、腹の底では、ソルテュクを神に捧げる生け贄として捕らえるための計画ずくの結婚でしたが、数分前との自分とは別人になっていました。
ドラゴミラはソルテュクを愛してしまいますが、愛したからと言って、彼の命を助けようとは思わない。淡々と最初の特命通り、罪深きソルテュク伯爵の魂を救うため、祭壇の前でその息の根を止めることを実行するのです。
夢のように甘美な新婚生活から一転、<<天の寄進者>>の教祖アポストルの前で悪夢のような拷問にかけられ、いきなり死を宣告されるソルテュク。命乞いをするも、助かる見込みはないことを覚悟した彼は愛する妻に「私をほかの者に渡さないでくれ。君の手で殺して欲しい」と頼むのです。
生け贄として屠られるための儀式に向け、香料の入った風呂で体を洗われ、白装束と薔薇の冠姿になったソルテュクを前にしたドラゴミラ、「あなたはなんて美しいの!」と呟く場面、結構好きです。私って、変でしょうか?(汗)

作者のザッフェル・マゾッホさん、元々マゾ作家ではなく、歴史文学でドイツ語圏で評価されていたようですが、スラブ人やユダヤ人の世界に傾倒したり、プロイセンに批判的な作品を書いたことから同国人に忌み嫌われ、無視されるようになったらしいです。生活のために書いた通俗的な小説で有名になってしまい、そっち系のイメージで語られるようになったのは何とも皮肉な限り。まさに悲劇の作家ですね。ドイツ語圏ではほとんど黙殺状態でしたが、フランスでは評価が高く、ドイツ語系作家としては一番知名度が高かったそうです。
『魂を漁る女』もフランス人好みだと思うので、是非ともおフランスで映画化して欲しいっす。もちろんエロティシズムたっぷりに。ドラゴミラ役は誰がいいかなぁ?
エロティシズムと言えば、小説の中では案外淡泊なんですよ。性描写が。なんか遠慮して書かれているというか、控えめなんですな。この手の作風だったら、もっと官能的でもいいと思います。なので、もし映画化するなら、もっとエロエロに期待!
これ、大河小説ばりの長編作です。一大スペクタクルです。
何で、途中まで読んでおきながら、何年も放置していたのかって?
それはアニッタにメロメロになったツェジムが少女たちに囲まれて鬼ごっこだの隠れんぼだのしてるシーンがあまりにアホくさくて、前に進む気が失せたからなのです...。
これもマゾッホさんの趣味なのかしら?いや、男の夢??
by marikzio | 2010-06-17 15:50 | Book | Comments(0)

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